未来社会の道しるべ

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加害者なのに心は被害者

教誨師」(堀川恵子著、講談社)からの抜粋です。

死刑事件の加害者である死刑囚には被害者的な恨みにとらわれている者があまりに多く見受けられた。幼い頃から家や社会でしいたげられ、謂れのない差別や人一倍の不運にさらされて生きてきた者が圧倒的に多い。彼らは成長するにつれ、自己防衛のために自己中心の価値観しか持てなくなっていく。

彼らが犯した事件はさておき、まずは彼ら自身に向き合って、その被害感情を取り払わなくては、事件に対する真の反省も被害者への慰藉の気持ちも永遠に訪れることはない。

本来なら裁判で事件に至った経緯を詳しく調べ、曲がりなりにも彼らの言い分を聞き、やむをえない気持ちも酌んでやった上で判決を下せば、たとえそれが死刑判決でも彼らなりに納得して刑に服すこともできるかもしれない。なぜなら、彼らは独房で幾度となく判決文を読みなおすからだ。

かたや軽率な言葉の刃物で相手の心をズブリと貫き、治らぬ傷を刻みつけ、その人生までも狂わせてしまう者を罰する法律は見当たらない。見えない傷は、人間の法律では裁けない。なにより言葉を吐いた側の多くは、自分がそんな大変な事態を招いていることに気づいてもいない。

また同じようなことを書きますが、まるで私について書かれているような気分になりました。

男性の性欲

教誨師」(堀川恵子著、講談社)は男性の性欲を肯定的にとりあげています。

健康的な男性は全員、性依存症とも呼べるほど性欲が強い、と私は考えています。少なくとも私自身は性依存症と診断されても仕方ないほど、性欲が強いです。もしこの性欲がなければ、あるいは適度であれば、私がもっと楽に生きられたことは間違いありません。

後に50年以上も教誨師を務めることになる渡邉は大学時代、他の多くの浄土真宗の寺のバカ息子同様、京都の龍谷大学に進学しています。龍谷大学の最初の授業で、バカな先生がバカな生徒たちに次のようなことを言ったそうです。

「諸君! 大切なことを教える。京都で下宿の娘たちが狙っているのは、第三高等学校の生徒とお前たちだ!」

第三高等学校の生徒の多くは東大や京大に進学していき、龍谷大学の生徒たちはお寺に就職することがほぼ決まっています。要はどちらも結婚すれば金持ちになれるため、女郎が寄ってくるので気をつけろ、と言っているのです。

事実、置屋(簡易売春所)のおばさんが渡邉を寺の息子と知っていて、「学生さーん、風呂に入っていきませんか?」と客引きしてきます。「一番風呂なら入ってやろう」と渡邉は売春宿に入っていき、一銭も払わず性行為をしたそうです。

50年以上前の話とはいえ、売春防止法違反の犯罪行為を著者の女性相手に自慢しているわけです。渡邉の説教を真面目に聞いていた囚人たちが不憫で仕方ありません。同時に、そんな女郎にすら相手にされなかった当時の京都の若い貧乏な男たちがかわいそうで仕方ありません。こんな自慢話をするような奴なら、渡邉は教誨師になるべきではありませんし、宗教家にもなるべきではありませんでした。

渡邉は女郎屋に入り浸っていたようで、若い頃は教誨師など全く興味がなく、女郎たちを救う施設を作ることが最大の目標でした。

本では、木内三郎(仮名)という強姦殺人犯が出てきます。木内は子どもの頃から気弱でいじめられっ子で成績最低で、中学校に入ってもひらがなも読めなかったそうです。木内は中学校卒業後、土木の仕事に就き、真面目に働きました。読み書きができないため、報告書などの書類作成は恥ずかしそうに仲間に頼み、その見返りとして現場の仕事を徹夜でやらされたりしていました。

一方、職場の先輩の勧めで酒を飲むようになり、酔っぱらうと日頃の鬱憤を晴らすかのような乱暴者に豹変しました。仕事仲間と訪れた飲み屋ではグラスをバリバリかじって食べてしまうほど悪酔いし、ラウンジの隣の空き部屋で店の女を襲ったりしました。女たちはいつも、最後は騒ぐのをやめて体を許してくれていました。その分、彼女らは黙って木内の飲み代からふんだくっていたからです。

このカラクリを理解していない木内は単純にも、女とは最初は嫌がる素振りを見せても、最後はやらせてくれるものだと思い込んだそうです。

そのうち高い飲み代を払うのがバカらしくなり、通りすがりの女性を襲ってしまいます。二人目の被害者までは、女性が恐怖のあまり静かに従ったため騒ぎにならずに済みます。しかし、三人目の女性は騒いだため、木内はびっくりして慌ててしまい、絞め殺してしまいます。

地元紙で連日のように報道され、ことの重大さに恐れおののいた木内は農薬を飲んで自殺をはかりますが、失敗します。気を失っているところを発見され、事情を聞かれるうちに自供して、逮捕となります。

凶悪犯たちの監獄でも、強姦犯罪者は他の囚人たちから軽蔑され、特に身体が大きいわりに気弱な木内は、なにかにつけてバカにされていました。そんな木内をかばってあげていたのが、これまでの記事に出てきた山本や竹内です。

そんな木内に教誨師の渡邉はひらがなを教えました。当初、渡邉は木内の文字練習の上達をさほど期待せず、なにか目標を持たせるだけでも十分と考えていました。ところが、半年もすると、木内はひらがなをほぼマスターし、カタカナの練習を始め、そのうちに自分の思いが伝わる手紙も書けるようになります。

しかし、木内の幼稚さは治らなかったようで、「先生、セックスがしたくてたまらないよう!」と木内は教誨室で駄々をこねて叫びます。強姦殺人犯の発言として許されるものではないでしょうが、渡邉は「そんなこと言うな」などと叱っては絶対にいけないと著者に言ったそうです。性欲は人間の欲望の中でも最も大切なもののひとつで、そもそも否定すべき事柄でないからだ、と本には書いてあります。渡邉の言う通りなら、全ての女性に相手にされない貧乏な男性が強姦しても、罪に問えなくなってしまいます。あるいは、若い頃は売春婦を救う施設を作りたかった渡邉は、恵まれない男性のために買春給付金を交付すべきと考えていたのでしょうか。

木内が文字を習いはじめた時に作成すると誓った被害者遺族への詫び状は、最後まで書けませんでした。世の中には立派な難しい言葉がたくさんあるのに、自分の気持ちのぴったりあう言葉が見つからなかったそうです。しかし、木内が再び社会に出たならば、二度と同じような罪は犯さず、真面目に生きたと思う、と渡邉は語っています。

木内はせめてもの償いにと大学病院に献体する誓約書を作り、その通りに、死刑執行直後に木内の遺体は大学医学部の者に運ばれています。

三鷹事件の竹内景助と教誨師

三鷹事件は代表的な冤罪事件です。誰が考えても竹内景助の単独犯の可能性はゼロに等しいのに、竹内は死刑を宣告されます。しかし、誰もが冤罪だと分かっているため、最高裁の死刑確定後、どの法務大臣も死刑執行しないまま、竹内は獄中で12年間過ごした後、脳腫瘍で亡くなりました。

竹内が死刑となった最大の根拠は、やはりというか、残念ながらというか、自白です。多くの証言や物証が竹内の犯行が不可能だと示しているにもかかわらず、推定無罪の原則があるにもかかわらず、自白のために死刑になってしまいました。

私が恐ろしいと感じるのは、2011年に竹内の長男が2回目の再審請求をしたのに、2019年に再審開始を認めないと高等裁判所が判断したことです。もう有罪判決を下した連中は全員亡くなっているでしょうに、日本の裁判所はなぜ、なんのために過去の間違いを頑なに認めないのでしょうか。私は全く理解できません。理解できる人がいたら、下のコメント欄に書いてください。

なお、「日本では自白が作られる」に書いたような、検察からの圧力が竹内の自白の主因ではないようです。「共産党系の弁護士から罪を認めても大した刑にはならない。必ず近いうちに人民政府が樹立される。ひとりで罪を認めて他の共産党員を助ければ、あなたは英雄になると説得された」ため自白したと竹内は再審請求書で述べています。

竹内は浄土真宗の教えに真摯に向き合い、経典はしっかり読み込んでいました。特に写経はうまく、芸術作品の域にあったと本で激賞しています。読書好きで知識欲旺盛、頭の回転が速い竹内は、強盗や強姦殺人を犯した他の囚人たちを見下すような態度を隠そうともしませんでした。行く先々で反目の火花を散らして煙たがられ、売られたケンカを律儀に買っては諍いを起こし、たびたび、懲罰房に入れられていました。竹内は、刑務官が日々の業務でちょっとしたことを間違えて謝らずにいると、眉を吊り上げて食ってかかりました。竹内は教誨師の渡邉との面会時、付き添ってきた看守を「早く行け」といわんばかりの形相で睨みつけ、無言の迫力で追い出したりしていました。渡邉より10年前に面会していた精神科医は「死刑囚の記録」(加賀乙彦著、中公新書)で、竹内が他の囚人を軽蔑しているものの、看守には礼儀正しく、命令には従順だったと書いているので、竹内は10年のうちに変わったようです。竹内と対等に会話できる人物は、前回の記事に書いた山本くらいでした。

死刑囚は希望すると独房で手仕事を行うことができます。竹内はそこで得られた報酬と雑誌寄稿の原稿費を渡邉にそっくり預けていました。ある時までは家族に渡していましたが、家族に渡すと共産党の支援費用の名目で横取りされるのではないかと竹内は疑っていました。渡邉は死刑囚からいろんな物を預かっていましたが、金まで預けたのは竹内だけでした。

竹内の病死後、渡邉は預かった金を渡すため、竹内の妻の家を訪ねます。妻は竹内の裁判を支援した事務局長と一緒でした。

「事務局長さん、あなたはこの金をどう使われるおつもりか?」

出過ぎたマネと思いながら、渡邉はそう確認しないではいられませんでした。

「竹内くんは無実でしたから、彼の冤罪を訴えていく活動に使います」

事務局長の返答に、渡邉はこう告げました。

「竹内さんが奥さんに残した金ですから、奥さんの生活のために使ってください」

妻は無言で頭を下げたそうです。

竹内は「芸術作品」である写経も渡邉に預けていました。渡邉がお金を妻に渡した数日後、今度は事務局長が渡邉の寺に竹内作の大量の写経を取りに来ました。一体どうするつもりなのか渡邉がたずねると、竹内を知る人たちに売って換金し、今後の活動資金に充てると事務局長は答えました。

「換金」という言葉に割り切れないものを感じた渡邉は、そのまま竹内の書を渡す気になれず、寺の本堂いっぱいに書をずらりと並べました。事務局長に、いくつかの書の意味を聞いてみましたが、事務局長は意味が分からず、字の読み方すら知りませんでした。

「自分は共産主義者なので、宗教のことは分かりませんから」

事務局長は不愉快そうに弁解しました。

渡邉にとって、それらの書は、竹内が孤独な獄中で、その不遇な人生に絶望することなく必死に学び、心を込めてつづった作品です。意味も理解しない奴に引き渡し、「有名死刑囚の書」との触れ込みで換金されるのは我慢できませんでした。渡邉は竹内のために、ひとつひとつの書を大きな声で読み上げ、それらの意味を歎異抄論語を引きながら丁寧に解説していきました。

事務局長は関心もなさそうでしたが、これも引き渡しの儀式と観念したようで、気のない相槌を打ちながら聞いていました。渡邉の説明が終わると、事務局長はいそいそと本堂の端から書をかたづけはじめました。その乱雑さが、またも渡邉の気に障りました。

「事務局長さん、あなた、人が死んだらどうなると思いますか?」

「ええっ? 人が死んだら? 竹内くんは……霊魂になって、私らのことを見守ってくれているんじゃないですか」

「あんた、本当の共産主義者じゃないね」

「はあ?」

「人間、死んだら終わり、ゴミになるというのが唯物論者でしょう。あんたは宗教が分からないだけでなく、共産主義も分かっていない。竹内さんの書を全部あんたにやるわけにはいかん」

そう言って、渡邉は竹内の書を数枚抜き取ったそうです。

もし私が渡邉だったら、竹内の書は一枚も渡さず、事務局長を怒鳴り帰させているでしょう。

人間誰しも悪魔のささやきに身を委ねる機会がある

教誨師」(堀川恵子著、講談社)は性格(話し方や立ち居振る舞い)のいい例外的な死刑囚ばかり紹介しています。その筆頭で紹介されている死刑囚が山本勝美(仮名)です。

1961年冬、二人の男が中野刑務所を白昼堂々と脱走します。脱獄犯は刑務官の頭をバールのような凶器で殴り、殺しています。殺害現場から500円札入りの刑務官手帳がなくなっていました。

脱走した一人の山本はコソ泥の常習犯です。捕まるまでは水道工事が得意な配管工で、実家に工務店を構えるほどの腕前でした。収監後の服務態度は極めて良好で、十数人の受刑者のリーダーを任されており、もう一人の脱走犯は山本の弟分でした。「二人は真面目な大人しい受刑者だった。今までも、作業のため毎日のように外に出しており、どうしてこんなことをしたのか考えられない」とは当時の刑務所所長の証言です。

二人の脱走劇は、翌日の昼にあっけない幕切れとなります。脱走のニュースが大々的に報じられる中、町をさ迷う坊主頭の二人組は嫌でも目につきます。二人は別行動をとりますが、山本の弟分は中学生に後をつけられ、御用となります。山本は、新聞に自分の顔写真が大きく掲載されているのを見て、逃げるのは無理と判断して、近くのタバコ屋で警察を呼んでほしい、と頼みます。翌日の新聞に載ったタバコ屋の女主人の談話です。

「山本は静かな物腰で凶悪な印象は受けなかったので、腰掛けるように勧めると、ありがとうございますと言って座りました。警察に電話していいんですね、と念を押すとお願いしますと言いまして、110番しました。警官が来る間、百円札を出して、タオルとちり紙が欲しいというので、金はいいからとやりました。すると、残りの金も私にはもう必要ありませんから差し上げますと言って差し出しました。警官が来るまで刃物と刑務官の手帳を出して座り、おとなしく待っていました」

渡邉は「あんたみたいな人間が脱走犯だなんて、わしには想像がつかんよ」と言っています。山本は「タバコ屋のおばさんには親切にしてもらいました。あの時にいただいたタオルは長年ずっと大切に使っておりました。たった一杯の酒が飲みたいばかりにね。まさか看守さんも亡くなるなんて思いもしませんでした……」ときまり悪そうな笑顔で答えたそうです。

脱走する数か月前、山本が服務として壁の補修工事をしていた時、シンナーの臭いに、ふと大好きだった日本酒を思い出しました。思わず、手元のタオルにシンナーをたっぷり吸わせて、鼻にあてて大きく息を吸い込むと、天にも昇る気持ちになりました。

「もうその日から毎夜毎夜、夢にまで出るんです。とにかくおちょこ一杯でいい。出所まで2年も待てるかと弟分と意気投合しましてね。もう後先のことは吹っ飛びました」

山本は裁判で弟分をかばい、一切の罪を引き受けました。たった一人の強盗殺人では通常、死刑まではなりませんが、収監中の事件だったこともあり、山本の死刑が確定しました。判決文によると、山本は極悪非道な脱獄殺人犯です。渡邉は、判決文の凶悪犯と、目の前の山本が別の人間に思えてならなかったそうです。

教誨を受け始めて2年間の山本は「聴こう」という気がなく、面接は世間話ばかりでした。しかし、ある時から親鸞悪人正機説に神秘的な衝撃を受け、そこらの生半可な僧侶とは比べようもないほど熱心に学び始め、次々と経典を読破しました。山本の希望で差し入れる本は、渡邉も事前に目を通しておかなくては後からなにを質問されるか分かりません。しかし山本の読書量は半端ではなく、もはや渡邉が追いつこうにも追いつけなかったと上記の本に書かれています。

余談ですが、今回この本を読み返している時、「そこらの生半可な僧侶」という言葉から、最近読んだ「お寺はじめました」(渡邊源昇著、原書房)の著者を思い出しました。著者の源昇は多くのお坊さんと違い、サラリーマン家庭出身なのに自らお坊さんになる決心をして、禁欲的な修行に耐えて、周囲の交通量調査までして、埼玉県に一からお寺を開いています。源昇が平均的な僧侶よりも遥かに困難な道を歩んできていることは間違いありません。それでも源昇を「生半可」だと私が判断したのは、本人の体力と気力があるから厳しい修行をまっとうできただけなのに、修行完了を自慢気に書いていたり、本のどこにも深みのある言葉が出なかったりしたからです。私が源昇の話に感化される可能性はゼロに近いでしょう。もっとも、同じことは、渡邉普相にも言えます。「教誨師」を読んで、渡邉に感心することは全くありませんでした。渡邉自身、自分はいいかげんなところがある、と認めています。しかし、私も死刑囚になったら、渡邉のような僧侶であっても、すがりたくなるのだろう、とも思いました。

話を戻します。

山本は親鸞の教えの中で「自利と他利」という言葉を好んで使いました。「自利」は、自らの悟りのために修行して努力すること、「利他」は他の人の救済に尽くすことです。浄土真宗では、自利と利他が両輪で回ることを大切にします。人間、ひとりの力で出来ることは知れているからです。しかし、この点についてだけは山本は異論を唱えました。

「先生、刑務所は更生する場じゃありません。再犯で入ってきた者はみんな雑居房で、次の犯罪の相談ばかりしておりますよ。私も懲りずに窃盗を40件ほどやった常習犯で、止めようと思っても自分の生き方を変えるのは難しい。自利と利他も大切でしょうが、私はやはり自利によってからしか、真の人の姿は見えてこないと思います」

罪人には自利こそ大切だと力説する山本の持論は、常に自分を厳しく律しようとする山本らしい考えです。渡邉は真宗の教えは百も承知の山本に、こう伝えました。

「私には、山本さんの生き方が自然と利他に繋がっているように見えますよ。この間も、あなたをならって教誨を受けたい受刑者が来たでしょう。あなたの生き方は既に多くの人を救っているのかもしれませんし、そういう人たちからあなたも良い影響を受けているかもしれない。人間ひとりでは生きていけません。自利だけではいけませんよ」

山本は黙って笑い、それ以上、反論しなかったそうです。

上記の本の情報だけだと、山本は死刑にすべき人ではない、となります。むしろ、一般人以上に自分に厳しく、真面目に働く能力もあるので、社会で活躍すべき人のようです。しかし、この本では山本に明らかに好意的に書かれているので、本当の山本が外の一般社会で誠実に生きられるかどうかまでは断定できないでしょう。

とはいえ、この本で指摘していることも納得できます。全ての人間には心の闇があります。感情のたかぶり、気の迷い、悪ノリ、山本のような酒や薬、運の悪さで、越えてはいけない一線を越えてしまう危険性はどんな人にもあります。「私が日本の最も嫌うところ」でも嘆いたことですが、自分も凶悪犯になる可能性があると考えていない日本人が多すぎます。日本人が西洋人と比べて、人間観で最も劣っている点はここかもしれません。

教誨師

国際的な定義として、苦痛には4種類あるそうです。身体的な苦痛、精神的な苦痛、社会的な苦痛、霊的な苦痛です。身体的な苦痛と精神的な苦痛は直感的に理解できますし、社会的苦痛は貧困や差別などがあたると言われると、理解できます。しかし、霊的な苦痛というのは、いくら説明されても、私はよく分かりませんでした。医療者として上記の定義を習ってから今まで、精神的な苦痛や社会的苦痛があれば、霊的な苦痛は考慮しなくていいのではないか、という考えは消えません。

犯罪者たちの霊的苦痛を緩和するため、教誨師という仕事があります。第二次大戦の一時期に日本の教誨師が国家公務員だった時もありましたが、戦後の日本で教誨師は一銭の報酬も出ないボランティアです(ただし、交通費は出るようです)。「教誨師」(堀川恵子著、講談社)によると、現在、全国の拘置所、刑務所、少年院には約1800名の教誨師がいます。気性の荒い犯罪者たちに説教するなど楽な仕事でないはずですが、教誨師になりたいと名乗り出る宗教家は多いそうです。新興宗教も、ある程度の組織ができると必ず教誨活動への参加を申し出ます。

上記の本は、50年以上も教誨師を務めた渡邉普相(ふそう)の話をまとめたものです。著者は渡邉の言葉を引き出そうと、何度も寺に出向きました。しかし、最初の1年間は茶を飲んで、世間話をするだけで、教誨師の話題はかわされ続けました。

しかし、たまたま著者と渡邉が同じ広島出身であったことから世間話がだんだん長くなっていき、渡邉が「死刑に反対か賛成か、あなたは一度も聞きませんなあ」と言った頃から、渡邉の死後に公開することを条件に、渡邉が教誨師の仕事について語りだしたそうです。

なお、教誨師の存在が批判されるたびに持ち出される実話も、ここに書いておきます。

「自分は冤罪だからと再審を請求しようとする収容者に対しても『これは前世の因縁です。たとえ無実の罪であっても、先祖の悪行の因縁で、無実の罪で苦しむことになっている。その因縁を甘んじて受け入れることが、仏の意図に沿うことになる』と、再審の請求を思いとどまらせるような説教をする僧侶がいる。こんな世の因果をふりかざして、再審請求をさまたげる僧侶が少なくない」

この証言は、実際に再審で冤罪が確定した免田栄によるものです。ただし、免田の再審が動き出すきっかけを作ったのもまた、キリスト教教誨師であることはつけ加えておきます。

次の記事から、渡邉が実際に出会った死刑囚の話を書いていきます。

佐世保小6女児同級生殺害事件の犯人は発達障害なのか

犯人の少女は学校で友だちが何名もいて、先生にも暗いという印象を与えず、家庭内でおとなしく、複数の交換日記のグループに入っていました。この少女が社会的なコミュニケーション能力に問題のある発達障害なら、発達障害でない人の方が少数派になるでしょう。もし半数かそれ以上の人が発達障害なら、それは障害と呼ぶべきなのでしょうか。

ただし、犯人の少女の倫理観におかしなところはあります。審判の場で、犯人の少女は繰り返し反省や謝罪の言葉を促されますが、その呼びかけに応じませんでした。審判で「私にはまだ、あなたの心が見えない」と若い女性調査官が涙を流しても、犯人少女はときにはふてくされたような表情をうかべたようです。犯人少女に「遺族への手紙を書くように」と宿題が出されたものの、その文面に遺族への謝罪の言葉はどこにもありませんでした。家裁は、被害者や遺族に詫びる気持ちをせめて形だけでもくみとるつもりでしたが、それでも犯人少女は謝罪しません。警察の任意の事情聴取でも、犯人の娘はふくれっつらをしており、呼び出された犯人の父は目を疑ったそうです。

佐世保小6女児同級生殺害事件に限らないのですが、凶悪事件の犯人の話を読んでいると、私は自分との共通点が多いことによく気づきます。「自分も一歩違えば、こんな殺人事件を起こしていた。いや、もしかしたら、これから起こすかもしれない」とは凶悪犯罪の本を読んでいると、何度も思ってしまいます。しかし、佐世保小6女児同級生殺害事件に限っていえば、事件後ですら、この犯人の娘が被害者を思いやる気持ちがないところは全く共感できませんでした。確かに、私が殺人事件を起こした後でも、殺した相手を憎み続けることはあるに違いありません。しかし、佐世保小6女児同級生殺害事件は、なんでもない「子どものケンカ」で殺しています。明らかにやりすぎであることくらい、少しでも道徳観のある者なら分かります。

犯人少女の倫理観が狂ってしまった原因は、「謝るなら、いつでもおいで」(川名荘志著、新潮文庫)を読む限り、インターネットの可能性が高いでしょう。小学5年生の冬まで続けていたバスケットボール部を退部してから、彼女は一人でインターネットの世界に没頭します。刺激の少ない山奥に暮らす小学生が、偏った情報の海にどっぷり漬かり、オカルト、ホラー、エログロのどぎつい刺激を浴び続けます。とりわけ、同級生同士が殺し合うバトル・ロワイヤルは犯人少女の大のお気に入りで、原作小説を読むだけでなく、姉のカードを使ってR15指定のビデオを借りて映画を見て、マンガ版まで愛読していました。さらには、原稿用紙10枚のバトル・ロワイヤルのパクリ小説まで自作しています。このパクリ作品内で被害者少女と同じ名前の人物が殺されており、現実の世界で被害者はバトル・ロワイヤルに酷似した方法で殺されています。事件後、犯人少女は大人でも二の足を踏むグロテスクなサイトに入り浸っていたことが判明しています。

秋葉原通り魔事件」、「土浦連続殺傷事件」同様、「佐世保小6女児同級生殺害事件」もインターネットによる悪影響が少なくありません。「宮崎勤事件」もそうですが、非現実の世界は殺人事件を起こす要因になりえます。「非現実の世界だから、なにをしてもいい」と考えるのは大きな間違いです。どんな本を読んでいるか、どんなテレビ番組を観ているかで、その人の内面がかなり分かるように、どんなビデオを見て、どんなサイトを楽しんでいるかで、その人が危険人物かどうかは、かなり分かってしまいます。もちろん、それだけで判断するのは好ましくありませんが。

佐世保小6女児同級生殺害事件はわずか半年ほどでインターネットの悪影響を大きく受け、殺人事件まで起こしてしまいました。このような悲劇を起こしたくないのなら、犯人少女の弁護士のように「一見穏やかで問題なさそうに見える、控えめすぎる子ども(犯人少女の特徴)たちへの目配りの大切さを強調しておきたい」と言うのではなく(福祉の人手や予算の面でそんなことは不可能です)、「インターネットの危険性を強調したい」と言うべきでしょう。

犯人少女が発達障害かどうかの問題に戻ります。実際に会っていないので断定まではできませんが、本を読む限りだと、誤診でしょう。事件発生まで、少女の発達に問題は全くみられないからです。事件を起こしたから発達障害になったというのは、生まれ持った性質でほぼ決まる発達障害の定義に反します。むしろ、被害者へ謝罪を全くしないことから、反社会性パーソナリティ障害の可能性が高いと私は推測します。そして、その好ましくない人格(内面)は上記のようにインターネットによって形成されてしまったのでしょう。

佐世保小6女児同級生殺害事件はどうすれば防げたのか

次の記事に書くように、犯人の小6生のインターネット使用を制御できていれば、防げた可能性は高いと私は考えています。ただし、こういった殺人事件は一定の確率で起こるとも考えるべきでしょう。

私はこれまでの犯罪記事で「家庭支援相談員」の必要性を訴えてきましたが、その家庭支援相談員がいたとしても、この事件は防げなかったはずです。犯人の小6生が家庭支援相談員に友だちへの悪意を話すとは考えにくいからです。

佐世保小6女児同級生殺害事件は、端的にいえば、オタク少女が人気者の優等生少女をひがんで、殺してしまった事件です。「謝るなら、いつでもおいで」(川名荘志著、新潮文庫)によると、保護した児童相談所は犯人の症状を「普通の子」として整理しています。接見した弁護士も「異常という印象はどこにもありませんでした。精神鑑定の必要性なんて、感じる要素は何もなかった」と言っています。殺人事件のきっかけになった騒動も、「川名荘志ごときが一流新聞記者になれてしまう国」で書いたNEXT事件のように、「どこにでもある子どものけんか。常軌を逸したレベルではない」と捜査関係者が言っています。被害者の父である御手洗は犯人を娘の友だちと思っていましたし、被害者の兄は犯人を「良い子でした」と言っています。小学校5年生の時の担任は犯人について、「彼女に感情の起伏はあったんですが、すぐにカッとする子は他にもいました。『この子だからやった』という話ではないと思うんです」と取材に答えています。

家庭裁判所の通知は「両親の少女(犯人)に対する目配りが十分でなく、両親の監護養育態度は少女の資質向上の問題に影響を与えている」「(親の)情緒的な働きかけは十分でなく、おとなしく手のかからない子であるとして問題性を見過ごしていた」と犯人の親を非難していますが、犯人の親は「娘は夜泣きもしませんでしたし、手はかからなかったかもしれません。でも、放っておいたことはありません」と取材で強く反論したそうです。

この父はワンマンで、犯人の娘へのしつけは厳しかったそうです。そんな父にとって「目配りが十分でない」との指摘は心外だったのでしょう。しかし、川名の取材不足のせいで不明ですが、表面上の立ち居振る舞いや礼儀正しさ(性格)を重視して、倫理や道徳などの内面を軽視していたところは犯人の父の教育にあったと私は推測します。だから、裁判所の通知は誤解を生みやすいので不適切だと思いますが、父(や母)の子育てに問題があったとの指摘はある程度、妥当だったのではないでしょうか。

とはいえ、「三菱銀行人質事件」や「土浦連続殺傷事件」と比べると、この犯人の父(や母)の責任は極めて小さいでしょう。この父は娘(犯人)の出生と同じころに脳梗塞になって、体が不自由になり、転職を余儀なくされ、母も共働きになっていました。おしぼりの配達の仕事を終えて父が帰ってくると、夜の10時頃だったそうです。この父母に子どもへの目配りを一般の親以上に要求するのは不当でしょう。

被害者の少女と加害者の少女はともに、殺人事件の原因となるいざこざについて親に一切語っておらず、被害者の親も加害者の親も殺人事件が起こることを全く予期していませんでした。被害者の新聞記者の家庭と比べて、加害者の家庭の教育が特別に劣っていたとまでは考えられません。

捜査関係者が言うように、この殺人事件の原因は「どこにでもある子どものケンカ」です。しかし、大人と比べて世界が狭い子どもにとって、それだけで相手を殺したくなるほど憎むことはよくあります。本では何度も「子ども同士のいさかいと、人を殺めることの間には、やはり圧倒的に高いハードルがある」「でも実際に人を殺すということはたやすいことではありません」「面会のときにみせる冷静沈着な様子と、事件でやったことの異常性の間には、非常に大きな心の起伏がある」といった表現があります。まるで殺人事件は、倫理観の崩壊した異常な人間でしか起こせないような書き方です。「私が日本の最も嫌うところ」で批判した弁護士のような人間観です。

犯人少女と接見した弁護士は「全く正常に見えました」と断言して、記者から「では、なぜそんな子が事件を起こしたのか」と聞かれると、上記のような人間観なので「そうですよねえ」と言って、黙ってしまったそうです。私なら「どんな人でも殺人を犯してしまう可能性はあります。あなたは自分が絶対に殺人を犯さない人間だと思っているんですか? 殺人を犯す人物は自分とは別の人種だとでも考えているんですか?」と言い返しています。

毎日新聞が全国の小学校6年生担任に実施したアンケートでは、過半数をはるかに超える教師が「自分のクラスでも同様の事件が起こりかねない」と回答しています。私も同意見なので、「自分の子どもが同級生に殺されたら」で、加害者側も被害者だと書きました。

「どんな人でも殺人者になりえる」と似たような人間観を「教誨師」(堀川恵子著、講談社)の著者も述べています。それについては「人間誰しも悪魔のささやきに身を委ねる機会がある」の記事で書くつもりです。

ところで、弁護士は「精神鑑定は必要ない」と言っておきながら、現実には犯人の少女は精神鑑定を受けさせられて、しかも「軽度の発達障害」と診断されて、送られた少年院で改めて発達障害と診断を受けます。

これが誤診である根拠を次の記事に書きます。

自分の子どもが同級生に殺されたら

私が中学生の時、同じ中学の生徒が校舎の3階のベランダから落ちる事件がありました。その事件を聞いた私の母の最初の言葉は「担任の先生は大変だねえ」でした。落ちた本人よりも先生を心配する母に私はひどくショックを受けました。

母がそのような感想を持った理由は分かります。私の出身中学は、県下最悪と呼ばれるほど荒れた学校でした。校舎の裏では毎日タバコを吸っている不良連中がいましたが、先生たちはほとんど止めません。トイレではしばしばシンナーが発見され、火災報知機のボタンは常時壊されていました。本来立入禁止のベランダで遊んでいるうちに落ちて、それも大したケガもなかったのですから、落ちたバカ生徒よりも、監督責任を問われる不運な先生を心配したのでしょう。

とはいえ、私の中学の過半数の生徒は不良ではありません。むしろ、私のように不良におびえながら学校に通わざるを得ない生徒が多かったです。教室の外側のベランダで元気に遊ぶ連中はまず不良ではありません。中学生にしては幼い、体を動かすことが好きな生徒たちです。当時の私の教室はたまたま1階でしたが、もし3階だったら、精神年齢の低かった私は確実に規則を破って、ベランダで遊んでしまったでしょう。場合によっては、私がベランダから落ちた生徒になったかもしれません。

かりに私が校舎のベランダからの落下事故を起こしていたら、さすがに実の息子だから、親は先生より私を心配したでしょうか。

それは100%ありえません。むしろ、実の息子だからこそ、ベランダで遊んだ私を厳しく責めて、先生に平謝りするでしょう。骨折があっても、死んでいなければ、絶対に私のケガの心配などしません。

不良を心の底から忌み嫌い、一歩も足を踏み入れたくない学校に毎日通っているのに、思わぬ事故をして体中が痛かったとしても、親から癒しの言葉をもらうことはなく、その逆で、責められるだけです。そんなことが分かったから、私は上記の母の発言にショックを受けたのです。

以上のように、私の母は私に非常に厳しかったです。小学生の頃まで、その対応は適切だったと私は感じています。その頃までの母の教育を恨んではいません。しかし、中学生に入ってから、私が思春期になった頃から、周りの不良たちが親に心配されているのに、真面目に生きている自分が親に叱られている現状に、さすがに理不尽さを感じていました。いえ、より正確にいえば、はらわたが煮えくり返るほど母を恨んでいました。

そんな経験があるので、思春期に入った子どもがケガをしたら、たとえ子どもに落ち度があっても、まず心配してあげようと私は心に決めています。もし私の子どもが私の中学生の頃くらいの倫理観を持っていたなら(私がそのように育てられていたら)、ケンカがあったら、まず相手ではなく、子どもの味方になってあげよう、と決めています。

しかし、自分の子どもが同級生に殺されるほどの大事件にあったと仮定してみると、「謝るなら、いつでもおいで」(川名荘志著、新潮文庫)の小6被害者父の御手洗のように、「なぜ」とまず考えます。そして、佐世保小6女児同級生殺害事件と同じような事件だったとしたら、自分の子どもがかわいそうだったとも思いますが、同時に、加害者側もかわいそうだと思うでしょう。前回の記事に書いたように、上司にかしづくことしかできない著者の川名は、加害者の家族を思いやる上司の御手洗を「俗人とは違う度量の持主だ」と書いていますが、同じような状況なら、私のような俗人だって加害者側も心配します。被害者の自分の子どもだけ心配して、加害者に厳罰を加えることこそ被害者の弔いと考える(ように検察に誘導された)日本人の方が、俗人以下の道徳観しか持っていません。

また体験談になります。私の愛する彼女が、道路歩行中に強盗にあって、ケガをしたことがあります。彼女はケガよりも、事件にあったショックで精神的に混乱し、そのせいで私に八つ当たりすることもありました。事件から数日後に犯人は逮捕されて、盗難品は彼女に戻りました。検察か誰か分かりませんが、彼女は「裁判でなにか言いたいことはあるか?」と聞かれたようで、私に「どう答えたらいいと思う?」と質問しました。「強盗したのはよほどの事情があったのだと思います。あなたが二度と強盗することがないように更生されることを願います。あなたの更生こそが、私への一番の償いとなります」というような返答案を私は彼女に伝えました。

彼女が実際にどう答えたかは知りません。

次の記事に続きます。

川名荘志ごときが一流新聞記者になれてしまう国

「最初のころ、新聞記者という肩書を持った僕と、ありのままの僕は、ずっとちぐはぐなままだった。まるで薄ぺらの体に、ぶかぶかの服を押し着せられたかのように。でも、あの蒸し暑い夏の日、僕は新聞記者になってしまった」

読んでいる方が赤面するような自己陶酔した文で「謝るなら、いつでもおいで」(川名荘志著、新潮文庫)という殺人事件の本は始まってしまいます。

この川名という人物は、典型的な倫理観の劣る日本人で、本でも先輩の三森などは必ず「さん」付けですが、新人の倉岡は呼び捨てです。上司は必要以上に敬い、部下は当たり前のように見下すゴミのように捨てるべき日本人の一人です。

佐世保小6女児同級生殺害事件で、被害者の小6女児の父は毎日新聞記者の御手洗で、それは川名の直属の上司でした。この御手洗は他の殺人事件が起きた時は、部下たちに「顔クビ(ガンクビ)とってこい。取れるまで帰ってこなくていい」と被害者遺族の気持ちを全く考慮しない品のない言葉で命令していたくせに、いざ自分が被害者遺族になると、「勝手なことですが、もう(被害者の)名前や写真を出さなくてもニュースや記事として成り立つのでは、と思ってしまいます」とマスコミ発表しています。そう思ったのなら、「これまでの私の同様な行為が被害者および被害者遺族の気持ちをいかに無視していたかを痛感しました。私のせいで気分を害した犯罪被害関係の方たちに深くお詫びいたします」とも伝えるべきでしょう。

なお、上記のマスコミ発表は、御手洗本人が報道陣の前で発言したわけではなく、代理の弁護士を通じて出されています。弁護士が適当な精神科医を見つけて、適当な「診断書」を作成して、御手洗本人は記者会見しなくてよくなったそうです。昨今の不祥事を起こした政治家や官僚などの例にあるように、重要な場面になると、病気を理由に逃げられる特権がこの国のエリートには認められているようです。病気でもパワハラ上司に病院受診すら認められなかった私としては、うらやましい限りです。

川名の上司だけあり、御手洗も次のような恥ずかしい手記を堂々と報道陣に公開しています。

「さっちゃん。今どこにいるんだ。母さんには、もう会えたかい。(略)もう家の事はしなくていいから。遊んでいいよ、遊んで。お菓子もアイスも、いっぱい食べていいから」

「御手洗は壊れちゃっている」と考え、弁護士が御手洗の記者会見を止めたのも無理ないのかもしれません。本では「普段は情に流されることを恥じる記者たちが、(上記の御手洗の手記発表を聞いて)思わず落涙していた」と書いていますが、その記者たちは正気でしょうか。上司を無意識に崇める著者の川名の欲目であることを願います。

著者の川名は「正論」という言葉を本で何度も使っています。たとえば、この事件の動機の一つに、交換日記で犯人の小6生が「NEXT」という言葉を始めて使ったところ、そのカッコよさに惹かれて、多くの交換日記仲間が使用した事件があります。しかし、それが犯人の小6生の逆鱗に触れたようで、「NEXTの使用禁止。パクらないで」と大きな太い字で交換日記に書きました。被害者の小6生は「NEXTというのは、みんなが使える表現ではないの? 絵文字ではないし、英語だからパクりではないような気がする。みんながやっていれば、当たり前になるのでは?」と日記で反論したそうです。この反論を川名は「正論だった」と断定しています。しかし、「正論」とまでは言えないはずです。大人の世界でも、「こんなものにまで著作権があるの?」と疑問に感じることはよくあります。せめて「被害者側の理屈に分がある」くらいの表現にとどめておくべきでしょう。「『西洋人はyesとnoをはっきりさせる』はウソである」でも書いたように、断定できないことを断定するのは知性の低い日本人のよく犯す間違いです。世の中に「正論」などほとんどありません。「正しい」という表現を多用する時点で、川名の知性の低さを示しているように私は感じます。

川名が上司には全く反抗しない例は本の随所に出てきます。事件後、「私も家族を殺されたんです」という遺族から川名の新聞社に電話があったそうです。「私も遺族になって、びっくりしたんですけどね、取材に来る新聞記者ってのはねえ、自分の孫ぐらいの年齢の人、多いんですよ。それで『今のお気持ちは?』なんて、ひどいこと平気で聞いたりする。若い人たちはこっちの気持ちなんか、わかりゃしないですから。だからね……。失礼ですが、あなた、おいくつ?」と川名同様に長幼の序を重視する部外者には、「若いも年寄りも関係あるか! アンタに僕の気持ちが分かるのか!」と自分のことを棚に上げて怒鳴っています。一方で、「自殺者が3万人いる時代にさ、人ひとりが死んだことをなぜ大騒ぎしなきゃいけないの? 自衛隊イラク派遣をもっと考えるべきだよ」と愚痴る初老の記者には、なんの反論もしなかったそうです。

川名が犯人の父の記事を書いたことについて、記者仲間の飲み会で、川名と違うグループにいる先輩がこんなことを言ったそうです。

「ママゴトにしちゃあ、上出来だよなあ。はじめから分かりきったことなんだよ。ごちゃごちゃやってるけどさ、こんな事件で『なぜ』がねーなんてのは。んでもよ、オヤジをうまく口説き落として、『極上ネタ一丁あがり』。大した美談だよ」

これを聞いていたのに、川名は「初めから終わりまで上機嫌の彼に、悪意がないことは明らかだった」と感じて、先輩に声をかけることすらしませんでした。私だったら「人が死んでいる事件について、なんだその言い方は! 『ママゴト』だと! 『ごちゃごちゃ』だと! 『オヤジ』だと! おまえは死者だけでなく、この事件に関係する全員を侮辱している! 今すぐ謝罪しろ!」と怒鳴り倒しています。私には、川名の「正論」の意味が分からないだけでなく、川名の「悪意」の意味も分かりません。これが悪意でなかったら、なにが悪意なのでしょうか。それとも、この記者は、その発言が事件関係者の侮辱にあたることも分からないほどバカなのでしょうか。もしそうなら、その記者は即刻辞職しなければなりません。

ところで、毎日新聞は川名や上記の飲み会発言をするクズを雇ったくせに、彼らの半分以下の給料で喜んで休日なしで働く20代の頃の私をなぜ雇ってくれなかったのでしょうか。もちろん、私のようなバカは恐れ多くて毎日新聞社様の入社試験を受けることすら思いもしませんでしたが、受けたら雇ってくれたのでしょうか。

次の記事に続きます。

オリンピックの功績

こちらのブログを読んでもらえれば分かる通り、コロナ禍があろうがなかろうが、私はオリンピック反対派でした。特に税金を使ってまで開催することに反対でした。

しかし、小山田圭吾のイジメ騒動があってから、オリンピックを開催した意義があったとようやく思うようになりました。このダイヤモンドオンラインの記事は大賛成です。

私は知りませんでしたが、小山田のイジメ自慢の件は、10年以上前から何回か炎上していました。しかし、小山田は全く反省しないどころか、むしろ「ネットイジメはよくない」と逆ギレする有り様でした。今回はオリンピックという国際標準の人権意識を求められる大会であったため、おそらく小山田の人生で初めて正式に謝罪しましたが、彼が本当に反省していたとは考えにくいため、また文章も所属事務所が考えたとしか思えない上、なにより小山田のイジメ自慢や過去の悪行は一度の反省で許されるレベルでないため、小山田は音楽業界全体から一度排除される可能性が高くなってくれました。

私が心底嫌う2チャンネル創設者のひろゆきは、以前から小山田を擁護していたせいか、今回も擁護発言を繰り返して、「小山田の息子を責める理由が分からない」と重箱の隅に注目してまで、擁護していました。

それにしても、上のダイヤモンドオンラインの記事に書いている通り「小山田氏を叩いている人は、小山田氏がやったことと同じことをしている」と小山田のイジメと小山田のネット批判を同一視する人はどこまで想像力がないのでしょうか。単純な例をあげます。100万円盗まれた後、相手が謝罪したとして、1万円返却されただけで、あなたは納得しますか。あるいは、100発殴られて体中の骨が10本も折れたのに、相手が口だけ謝ったからといって、1発殴り返すだけにしなさい、と言われて、あなたは相手を許せますか。ハンムラビ法典の時代から、同害報復の原則はあります。「先にやったもの勝ちではないか」「同じ復讐でも生ぬるい。倍返しにしろ!」と考えてしまうのが人間です。もちろん、復讐は道徳的に好ましいことではありませんが、「ごめんで済んだら警察は要らない」という言葉もあるように、謝罪して済む問題でないことも世の中にはよくあります。それとも、あなたは小山田が与えたイジメを受けて、人生をメチャクチャにされても、紙の上だけの謝罪で納得できると本当に考えているのでしょうか。

日本は第二次大戦で多くのものを失いました。人命、日本の国際地位、アジアの人たちからの信頼。一方で、もし第二次大戦で日本が負けていなかったら、現在の日本はよりひどいものだったに違いありません。日本は今の自衛隊より遥かに強力な軍隊を持っていて、徴兵制も続いていたに違いありません。基本的人権の尊重も国民主権もなく、女性の地位など今と比較にならないほど低く、軍隊的思想や体育会系思考は社会のあちこちでまかり通っていることでしょう。そう考えると、日本は第二次大戦で多くのものを失いましたが、それらを埋め合わせる価値あるものを手に入れたことに気づくはずです。だから「日本は第二次大戦に参戦すべきだったのか?」と私が問われると、「参戦したことは愚かな決断だった。しかし、参戦して、負けたことで、それまで日本人が注目していなかった普遍的な価値観に気づけた。日本が侵略した国の人たちへの謝罪は当然しなければならないが、第二次大戦の敗戦で得た教訓を未来に渡って活かせられたら、参戦し、敗戦した意義はあったと言えるのかもしれない。もしその教訓を忘れて、敗戦前の日本の価値観を今も守ろうとするなら、第二次大戦に参戦した意義はもちろん、敗戦した意義も全くなくなってしまう」と答えます。

オリンピックも小山田の件を奇貨として、今後のイジメ撲滅とイジメ擁護意見撲滅に貢献してくれることを願います。

小山田圭吾をなぜ今から懲役刑にできないのか

小山田圭吾が過去に障害者のいじめ事件を自慢していたことが発覚しました。ここにその自慢文を掲載します。

 

 

・沢田さん(仮名)のこと

沢田って奴がいて。こいつはかなりエポック・メーキングな男で、転校してきたんですよ、小学校二年生ぐらいの時に。それはもう、学校中に衝撃が走って(笑)。だって、転校してきて自己紹介とかするじゃないですか、もういきなり(言語障害っぽい口調で)「サワダです」とか言ってさ、「うわ、すごい!」ってなるじゃないですか。で、転校してきた初日に、ウンコしたんだ。なんか学校でウンコするとかいうのは小学生にとっては重罪だってのはあるじゃないですか?

だから、何かほら、「ロボコン」でいう「ロボパー」が転校してきたようなもんですよ。(笑)。で、みんなとかやっぱ、そういうの慣れてないから、かなりびっくりするじゃないですか。で、名前はもう一瞬にして知れ渡って、凄い奴が来たって(笑)、ある意味、スターですよ。

段ボール箱とかがあって、そん中に沢田を入れて、全部グルグルにガムテープで縛って、空気穴みたいなの開けて(笑)、「おい、沢田、大丈夫か?」とか言うと、「ダイジョブ…」とか言ってんの(笑)そこに黒板消しとかで、「毒ガス攻撃だ!」ってパタパタやって、しばらく放っといたりして、時間経ってくると、何にも反応しなくなったりとかして、「ヤバいね」「どうしようか」とか言って、「じゃ、ここでガムテープだけ外して、部屋の側から見ていよう」って外して見てたら、いきなりバリバリ出てきて、何て言ったのかな…?何かすごく面白いこと言ったんですよ。……超ワケ分かんない、「おかあさ〜ん」とかなんか、そんなこと言ったんですよ(笑)それでみんな大爆笑とかしたりして。

・高校時代

ジャージになると、みんな脱がしてさ、でも、チンポ出すことなんて、別にこいつにとって何でもないことだからさ、チンポ出したままウロウロしているんだけど。だけど、こいつチンポがデッカくてさ、小学校の時からそうなんだけど、高校ぐらいになるともう、さらにデカさが増しててさ(笑)女の子とか反応するじゃないですか。だから、みんなわざと脱がしてさ、廊下とか歩かせたりして。

こういう障害がある人とかって言うのは、なぜか図書室にたまるんですよ。図書室っていうのが、もう一大テーマパークって感じで(笑)しかもウチの学年だけじゃなくて、全学年のそういう奴のなぜか、拠り所になってて、きっと逃げ場所なんだけど、そん中での社会っていうのがまたあって、さっき言った長谷川君っていう超ハードコアなおかしい人が、一コ上で一番凄いから、イニシアチブを取ってね、みんなそいつのことをちょっと恐れてる。そいつには相棒がいて。耳が聞こえない奴で、すっごい背がちっちゃいのね。何か南米人とハーフみたいな顔をしてて、色が真っ黒で、そいつら二人でコンビなのね。ウチの学年のそういう奴にも威張ってたりとかするの。

何かたまに、そういうのを「みんなで見に行こう」「休み時間は何やってるのか?」とか言ってさ。そういうのを好きなのは、僕とかを含めて三、四人ぐらいだったけど、見に行ったりすると、そいつらの間で相撲が流行っててさ(笑)。図書館の前に、土俵みたいなのがあって、相撲してるのね。

その長谷川君っていうのが、相撲が上手いんですよ。足掛けてバーンとか投げる技をやったりとかすんの。素人じゃないの。小人プロレスなんて比じゃない! って感じなんですよ。もう(笑)。

で、やっぱああいう人たちって……ああいう人たちっていう言い方もあんまりだけど……何が一番凄いかって、スクリーミングするんですよ。叫び声がすごくナチュラルに出てくる。「ギャーッ」とか「ワーッ」とかいう声って、普通の人ってあんまり出さないじゃないですか、それが、もう本当に奇声なんか出てきて、すごいんです。

太鼓クラブとかは、もうそうだったのね。体育倉庫みたいなことろでやってたの、クラブ自体が。だから、いろんなものが置いてあるんですよ、使えるものが。だから、マットレス巻きにして殺しちゃった事件とかあったじゃないですか、そんなことやってたし、跳び箱の中に入れたりとか。小道具には事欠かなくて、マットの上からジャンピング・ニーパットやったりとかさー。あれはヤバイよね、きっとね(笑)

・いじめられていた二人目、村田さん(仮名)

村田は、小学生の頃からいたんですよ。こいつはちょっとおかしいってのも分かってたし。だけど違うクラスだったから接触する機会がなかったんだけど、中学に入ると、同じクラスになったから。で、さまざまな奇行をするわけですよ。村田っていうのは、わりと境界線上にいる男で、やっぱ頭が病気でおかしいんだか、ただバカなんだか、というのが凄い分りにくい奴で、体なんかもちっちゃくて、それでこいつは沢田とは逆に癇癪が内にむかうタイプで、いじめられたりすると、立ち向かってくるんじゃなくて、自分で頭とかを壁とかにガンガンぶつけて、「畜生、畜生!」とか言って(笑)、ホントにマンガみたいなの。それやられるとみんなビビッて、引いちゃうの。「あの人、やばいよ」って。

お風呂に入らないんですよ、こいつは(笑)まず、臭いし、髪の毛がかゆいみたいで、コリコリ頭掻いてるんですよ。何か髪の毛を一本一本抜いていくの。それで、10円ハゲみたくなっちゃって、そこだけボコッとハゲてルックス的に凄くて。勉強とか全然できないし、運動とかもやっぱ、全然できないし。

村田は、別に誰にも相手にされてなかったんだけど、いきなりガムをたくさん持ってきて、何かみんなに配りだして。「何で、あいつ、あんなにガム持ってるんだ? 調べよう」ってことになって、呼び出してさ、「お前、何でそんなにガム持ってるの?」って聞いたら、「買ったんだ」とか言っててさ。三日間ぐらい、そういう凄い羽振りのいい時期があって。そんで付いて行って、いろんなもん買わせたりして。

そんで、三日間くらいしたら、ここに青タン作って学校に来て。「おまえ、どうしたの?」とかきいたら、「親にブン殴られた」とか言ってて(笑)。親の財布から十五万円盗んだんだって。でも何に使っていいか分かんないから、ガム買ったりとかそういうことやって(笑)。だから、そいつにしてみればその三日間っていうのはね、人気があった時代なんですよ。十五万円で人が集まってきて。かなりバカにされて、「買えよ」って言われてるだけなのに。

・中三の時の修学旅行(小山田は、村田君と、留年した一歳上の先輩と同じ班になる)

ウチの班で布団バ〜ッとひいちゃったりするじゃない。するとさ、プロレス技やったりするじゃないですか。たとえばバックドロップだとかって普通できないじゃないですか? だけどそいつ(注・村田君)軽いからさ、楽勝でできんですよ。ブレンバスターとかさ(笑)。それがなんか盛り上がっちゃってて。みんなでそいつにプロレス技なんかかけちゃってて。おもしろいように決まるから「もう一回やらして」とか言って。

それは別にいじめてる感じじゃなかったんだけど。ま、いじめてるんだけど(笑)。いちおう、そいつにお願いする形にして、「バックドロップやらして」なんて言って(笑)、”ガ〜ン!”とかやってたんだけど。

で、そこになんか先輩が現れちゃって。その人はなんか勘違いしちゃってるみたいでさ、限度知らないタイプっていうかさ。なんか洗濯紐でグルグル縛りに入っちゃってさ。「オナニーしろ」とか言っちゃって。「オマエ、誰が好きなんだ」とかさ(笑)。そいつとか正座でさ。なんかその先輩が先頭に立っちゃって。なんかそこまで行っちゃうと僕とか引いちゃうっていうか。だけど、そこでもまだ行けちゃってるような奴なんかもいたりして。そうすると、僕なんか奇妙な立場になっちゃうというか。おもしろがれる線までっていうのは、おもしろがれるんだけど。「ここはヤバイよな」っていうラインとかっていうのが、人それぞれだと思うんだけど、その人の場合だとかなりハードコアまで行ってて。「オマエ、誰が好きなんだ」とか言って。「別に…」なんか言ってると、バーン!とかひっぱたいたりとかして、「おお、怖え〜」とか思ったりして(笑)。「松岡さん(仮名)が好きです」とか言って(笑)。「じゃ、オナニーしろ」とか言って。「松岡さ〜ん」とか言っちゃって。

 

他だったら特殊学校にいるような子が普通クラスにいたし。私立だから変わってて。僕、小学校の時からダウン症って言葉、知ってたもん。学校の裏に養護学校みたいなのがあるんですよ。町田の方の田舎だから、まだ畑とか残ってて。それで、高校の時とか、休み時間にみんなで外にタバコ吸いにいったりするじゃないですか。で、だいたいみんな行く裏山があって。

タバコ吸ってたり、ボーッとしてたりなんかするとさ、マラソンしてるんですよ、その養護学校の人が。で、ジャージ着てさ、男は紺のジャージで、女はエンジのジャージで、なんか走ってるんですよ。で、ダウン症なんですよ。

「あ、ダウン症の人が走ってんなあ」なんて言ってタバコ吸ってて。するともう一人さ、ダウン症の人が来るんだけど、ダウン症の人ってみんな同じ顔じゃないですか?

「あれ? さっきあの人通ったっけ?」なんて言ってさ(笑)。ちょっとデカかったりするんですよ、さっきの奴より。次、今度はエンジの服着たダウン症の人がトットットとか走っていって、「あれ? これ女?」とか言ったりして(笑)。最後10人とか、みんな同じ顔の奴が、デッカイのやらちっちゃいのやらがダァ〜って走って来て。「すっげー」なんて言っちゃって(笑)

 

 村田さんの家に電話する。お母さんが出た。聞けば、村田さんは現在はパチンコ屋の住み込み店員をやっているという。高校は和光を離れて定時制に。

 お母さん「中学時代は正直いって自殺も考えましたよ。でも、親子で話し合って解決していって。ウチの子にもいじめられる個性みたいなものはありましたから。小山田君も元気でやっているみたいだし」

 住み込みの村田さんは家族とも連絡が取れないらしい。パチンコ屋の電話番号は、何度尋ねても教えて貰えず、最後は途中で電話を切られた。

 沢田さんに電話してもお母さんが出た。電話だけだとラチが開かないので、アポなしでの最寄り駅から電話。「今近くまで来てるんですが……」田園調布でも有数の邸宅で、沢田さんと直接会うことができた。

 お母さんによれば、”学習障害”だという。家族とも「うん」「そう」程度の会話しかしない。現在は、週に二回近くの保健所で書道や陶器の教室に通う。社会復帰はしていない。

 お母さん「卒業してから、ひどくなったんですよ。家の中で知ってる人にばかり囲まれているから。小山田君とは、仲良くやってたと思ってましたけど」

 寡黙ながらどっしりと椅子に座る沢田さんは、眼鏡の向こうから、こっちの目を見て離さない。ちょっとホーキング入ってる。

(小山田と)対談してもらえませんか?

「(沈黙……お母さんのほうを見る)」

小山田さんとは、仲良かったですか?

「ウン」

 数日後、お母さんから「対談はお断りする」という電話が来た。

 

もし対談できてたら、何話してますか?

「別に、話す事ないッスけどねえ(笑)。でも分かんないけど、今とか会っても、ぜったい昔みたいに話しちゃうような気がするなあ。なんか分かんないけど。別にいじめるとかはないと思うけど。『今何やってんの?』みたいな(笑)。『パチンコ屋でバイトやってんの?』なんて(笑)、『玉拾ってんの?』とか(笑)。きっと、そうなっちゃうと思うんだけど」

やっぱ、できることなら会わないで済ましたい?

「僕が? 村田とは別に会いたいとは思わないけど。会ったら会ったでおもしろいかなとは思う。沢田に会いたいな、僕」

特に顔も会わせたくないっていう人は、いない訳ですね?

「どうなんだろうなあ? これって、僕って、いじめてるほうなのかなあ?」

その区別って曖昧です。

「だから自分じゃ分かんないっていうか。『これは果たしていじめなのか?』っていう。確かにヒドイことはしたし」

やましいかどうかっていう結論は、自分の中では出てない?

「うーん……。でも、みんなこんな感じなのかもしれないな、なんて思うしね。いじめてる人って。僕なんか、全然、こう悪びれずに話しちゃたりするもんねえ」

ええ。僕も聞きながら笑ってるし。ところで、小山田さんはいじめられたことってないんですか。学校に限らず。

「はー。多分、僕が気付かなかったっていうだけじゃなく、なかったと思うんですよ。被害者とか思ったことも、全然ないですね」

 

 

実際にあなたがこのようなイジメを受けていたら、どう感じますか? 子どもの頃のことだからと、25年前のことだからと、イジメた奴を許せますか? もしそう思うほどのバカなら、実際にそんな体験を今からすぐに必ず受けてください。

小山田は今からでも懲役刑にしなければなりません。小山田が被害者へ謝罪するのは当然ですが、被害者へ謝罪しても死刑になっている人もいるのですから、それで済む問題でないのは明らかです。小山田を処罰できないのなら、刑法を改正しなければなりません。法の不遡及の原則の例外にもちろんして、小山田の全財産を当然没収して、懲役100年以上は科してください。

オリンピック作曲者として(※追記 この記事を書いた直後に小山田はオリンピック作曲者を辞任しています)、小山田を擁護する倫理観のない日本人がいることに多くの若い人たちは驚いているかもしれません。しかし、その若い人たちに伝えておくと、「いじめを語る会を作るべきである」に書いたように、1980年代から2000年代前半まで、上記のような凄惨なイジメは日本中の学校で起きていました。イジメる側の人間は全くかわいそうと思っていないどころか、小山田同様、笑っていました。そういった連中がタレントになってテレビなどに出演して、現在まで小山田を、イジメる側を、擁護しているのです。

1990年頃のバブル時代は極端に富める者もいない一方で極端に貧しい人もいない日本の全盛期だと私は考えていますが、同時代の中高生の不良文化の蔓延は、間違いなく日本の学校史上で最悪でした。小山田を擁護する奴もぜひ同じような事件を起こしていないか警察に徹底的に調査してほしいです。そのためなら、喜んで私は税金を払います。

イジメた奴は日本中にいて、そいつらも今は家庭を持っている、全員に刑罰を科したら社会が回らなくなる、なんて言い訳は、上記ほど人道に反しているなら、通用しないはずです。日本中でエッセンシャルワーカーがいなくなり、病院が回らなくなって、ゴミ収集が来なくなって、水道が止まって川に水くみに行くことになって、停電で夜になにもできなくなっても、イジメた奴が懲役刑を受けて自分の罪に向き合ってくれるなら、私は一向に構いません。

少なくとも、上記のようなイジメ生活をするよりは、エッセンシャルワーカーなしの生活に耐えた方がマシであることは誰でも分かるでしょう。イジメられた奴がイジメた奴を恨む気持ちはそれほど深いことを知るくらいの倫理観を日本人はいいかげん持つべきです。

北九州監禁殺人事件裁判のいびつさ

「消された一家」(豊田正義著、新潮文庫)で、裁判所での笑い声の次に気になったことは、緒方純子が死刑を求刑されているのに、最初の犠牲者の娘である服部恭子(仮名)が無罪どころか、被告にすらなっていないことです。

本を読んでもらえれば分かりますが、緒方純子も服部恭子も主犯の松永太に長期間脅され、洗脳され、松永により家族を亡くし、殺人を実行しています。最高裁まで争った裁判で、純子が無期懲役になったのに対し、恭子は被害者のままです。恭子が犯行時に高校生で未成年だったことを考慮しても、少年審判すら受けていないのですから、不公平極まりないでしょう。

またそれ同様に気になるのが、恭子の証言の不自然さです。いえ、不自然というより、恭子は検察により嘘を証言させられています。

恭子の父は娘の前で、両あごに電気をかけられ、食べ物が口から飛び出て床に散らばってしまい、「もったいない!」と叱られながら拾って口に詰め込み、トイレに行けないので漏らしてしまった下痢便を食べるように命じられ、汚れたパンツごと口に詰めてチュウチュウと吸い、尻の便を拭き取ったトイレットペーパーも水といっしょに飲み込み、オエオエと涙を流しています。主犯の松永は、恭子の父を汚いと思っており、「臭い」「汚い」と言って消臭スプレーをかけたりして、「あんたみたいな人間は死んだほうがマシだ」と何度も言っていました。

一般人の判断からすれば、「あまりにむごい」「なんとしても救わなければいけない」「犯人は死んでも償えない罪を犯している」としか思えないでしょう。しかし、犯人と同じ側にいる人間からすれば(犯人に洗脳されている人間からすれば)、恭子の父は人間以下の存在にしか思えません。この状況を見ていた松永の内縁の妻である純子は「(恭子の父の)面倒を見るのは嫌だ。不衛生、不経済で、長男の教育にもよくない。この人との同居をなんとか避けたい」と考えていました。「かわいそう。助けたい」という感情はないに等しく、むしろ「汚いし、松永のルールを破るのだから当然の報いだ」くらいにしか考えていません。

娘である恭子も、間違いなく、自分の父を見下して、人間と思っていません。事実、恭子は上記の父への虐待の手助けをし、さらには父が死んだ時も目撃し、あまつさえ父の死体を包丁やノコギリで切り刻んでいますが、その時に涙を流した、などの証言は一切していません。上記の気の滅入るような虐待を裁判でも淡々と語ったそうです。

だから、「私はお父さんを嫌いになったことはありません」との恭子の証言はほとんどウソです。もちろん、最後まで自分の父だという認識はあって、子は父を慕うべきとの常識も忘れたわけではないでしょうが、「嫌い」と言葉にしていなくてともそれに近い感情、あるいは「好きも嫌いもないほど、父を見下していた」でしょう。「お父さんの仇はきっと私がとります。そのために両者(松永と純子)の死刑を求めます」も確実に検察が恭子に言わせています。松永に完全に洗脳されていた恭子に、仇をとるほど父に思い入れがあったわけがありません。

日本の犯罪者は反省を強要される」でも書いたように、日本の裁判では家族関係を異常に重視します。そのため、父の死に全く悲しまなかったどころか、父の死体解体作業まで実行した娘が「父の仇をとります」と裁判で証言する、という奇妙奇天烈なことが起こってしまいました。恭子本人に実行した虐待だけでも、恭子が松永を殺しても殺し足りないほどの恨みを持っていることは当然です。被告に厳罰を科したいからといって、恭子の本心を捻じ曲げてまで「父の仇」などを検察は裁判で持ち出すべきでなかったでしょう。

北九州監禁殺人事件の犯人の話を笑う者たち

「消された一家」(豊田正義著、新潮文庫)は、私が読んだ多くの犯罪本の中で、最も気分が悪くなった本です。

そのせいか、この事件より多くの死者が出ている相模原障害者施設殺傷事件や尼崎連続変死事件を差し置いて、北九州監禁殺人事件こそが日本史上最悪の犯罪であると考えていた時期があります。しかし、冷静に考えてみれば、やはり上記二つの方がより凶悪であり、より責められるべきでしょう。

冷静さをなくすほど「消された一家」で気分が滅入った理由は、その犯罪の残虐性だけにはありません。主犯の松永太の詭弁を聞いて、裁判所で爆笑が起こった事実でこの世の理不尽さに胸糞が悪くなったからです。著者を含めた取材記者や一般傍聴者だけでなく、強面の検察官や弁護人まで笑った、と本にはあります。サイコパスの男の話で家族同士が殺し合った凄惨な事件で、その男を裁くべき場所で、その男の話によって何回も笑う奴らが何名もいたのです。

私に言わせれば、そこで笑った奴は、たとえ裁判官や検察官であっても、全員罰せられるべきです。1回笑ったごとに懲役1ヶ月は科してほしいです。著者は「こんな男のこんな口先で、これほど多くの人が犠牲になったのか。私は無性に悔しく、やり切れなくなった」と書いていますが、「こんな男のこんな口先で」笑わされた自分が無性に情けなくならなかったのでしょうか。他にも、著者は松永を「天才詐欺師」「さすが」と何度も賞賛しており、倫理観を疑います。

ところで、著者は松永の内面については全く分からなかった、と嘆いていますが、当然です。松永の家族に誰一人取材できていないのですから。松永に限りませんが、子どもの頃どのように育ったかも分からないのに、その人の内面など分かるわけがありません。著者が松永の心の闇が分からないと嘆く暇があれば、松永の家族にもう一度取材できるように挑戦すべきでしょう。

尼崎連続変死事件での警察の殺人的ミス

尼崎連続変死事件について書くなら、これは必ず指摘しなければならない点でしょう。事件発覚の10年以上前から、被害者やその親戚、近隣住民が警察に何度も通報していましたが、身内同士の金銭トラブルや暴行などの事案ということで、刑事事件としてまともに捜査されていませんでした。事件発覚10年前の2001年に美代子は逮捕までされていますが、既に殺人・傷害致死事件を起こしていたのに、窃盗罪で起訴されただけで、懲役3年執行猶予5年となってしまいました。兵庫県警や香川県警が十分に捜査していれば、後の大量殺人を防げたことを考えると、このミスは文字通り殺人的です。

角田美代子グループが被害者家族と奇妙な結婚・養子縁組をして、大都会の地下鉄路線図のような複雑な家系図を作りあげたのは、身内だと警察介入しづらいためです。警察はまんまと美代子の罠にはまったわけです。

かつてイジメ事件は、外見的には明らかな脅迫罪、恐喝罪、傷害罪、暴行罪だとしても、「子どものすることだから」と警察はまともに介入していませんでした。結果、イジメにより何百万人もの日本人に一生消えない心の傷を作りました。これを是正するためにいじめ防止対策推進法ができました。

繰り返しますが、「家庭支援相談員」のような福祉職を作り、「家庭は聖域」などのお題目は捨てて、必要ならば躊躇なく警察介入できるように「家庭犯罪防止対策推進法」を作るべきだと確信します。

尼崎連続変死事件よりも恐ろしい事件があるに違いない

尼崎連続変死事件は事件の全容がいまだ解明されていません。日本史上最悪とも呼ばれる事件であるのに、扱っている本も「モンスター」(一橋文哉著、講談社)ともう1冊くらいしかありません。次にこのブログで扱う北九州監禁殺人事件は多くのフィクションのモデルになっています。一方、北九州監禁殺人事件と同じく家族全員を徹底的に洗脳させて、金を巻き上げるだけ巻き上げてから殺す手法をとり、北九州監禁殺人事件以上に長期間、多くの被害者を出した悲惨な犯罪にもかかわらず、これまでのところ、尼崎連続変死事件はどのフィクションのモデルになっていません。

その最大の理由は、主犯の角田美代子が調書をとられるまえに留置場で自殺したからです。誰が、誰に、なにを、どのように話して、洗脳されたのか、などの事件の重要かつ詳細な部分がほとんど分からないままで終わってしまったからです。

この事件の凶悪性は誰も否定しないでしょう。上記のような詳細が分かれば、北九州監禁殺人事件以上に胸糞が悪くなったかもしれません。ただし、これが日本史上最悪だったとは限らない、とも私は思います。むしろ、警察が把握していないだけで、もっと凶悪な犯罪が日本にはあった可能性が高いと考えます。そんな犯罪があったとしたら、それは確実にヤクザによるものでしょう。

尼崎連続変死事件もほぼヤクザの犯行です。美代子の父も叔父も愛人もヤクザですし、美代子が生まれてから死ぬまで、周りはヤクザばかりいます。警察が暴力団と認定していませんでしたが、美代子のグループの手口はヤクザと同じです。実際、上記の「モンスター」ではMというヤクザが美代子の犯罪を指導したと書いています。

本では、その美代子以上に危険な人物として、事実上の一人ヤクザである美代子の弟の月岡靖憲をあげています。「突然、がなり立てたかと思うと相手が泣いてひれ伏すまで追い込んでいく常軌を逸した粘着気質に加え、公衆の面前で相手を全裸にして完膚なきまで殴打するなど、人間の尊厳を平然と踏みにじる凶暴で狂気を帯びた暴力、一度狙った獲物は絶対に逃がさず、すべてをしゃぶり尽くす狡猾かつ陰湿な恫喝・強奪ぶりには身の毛がよだつわ」「獰猛さで『マサ』(美代子グループの暴力装置)をしのぎ、貪欲さや狡猾さで美代子をしのぐ」と本では紹介しています。この靖憲は、弁護士相手に執拗に嫌がらせや脅迫を行い、3億円以上を騙し取り、弁護士の妻は二度も自殺未遂を起こしています。言うまでもなく、この被害者弁護士は法律の専門家であり、頭脳明晰であったのに、靖憲に完全に洗脳されています。

Wikipediaの「失踪者」によると、日本で行方不明のまま身元が発見されない人数は平成になってから1年あたり8千人です。2015年からの5年間では2300人と少なくなっています。このうち何名かはヤクザによって闇に葬り去られたまま人生を終えているはずです。相模原障害者施設殺傷事件は19もの人命が奪われ、数において戦後最多となっていますが、それ以上の人命を奪った犯罪がヤクザによって行われた可能性は十分あると私は推測します。

日本の反社会組織の中で最凶の位置にいるのがヤクザです。ヤクザが全くいなくなれば、日本社会全体の治安が遥かによくなるだけでなく、日本社会全体の道徳・倫理が遥かに向上することは間違いありません。ヤクザの実体をある程度知れば、それは必ず分かることです。