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今の日本で医療崩壊が起こっていると本気で信じている日本人が多くいます(10年後の日本人へ)

日本で医療崩壊が起こるのは「欧米先進国と違って、日本の病床数の大多数を占める民間病院がコロナ患者を受け入れていないから」という説が今月号の文芸春秋に載って、多くの人がその説を引用しています。こんな議論が起こっていること自体、私には不思議というか、滑稽でしかありません。以下にその理由を書きます。

確かに、ヨーロッパだと病院はほとんど公的機関なので、政府が一気にコロナ病床を増やしたり、コロナが収束した時にコロナ病床を減らしたりするのは簡単です。しかし、アメリカも日本同様、病院の多くは民間企業であるのに、コロナ病床を一気に増やせているので、民間病院が多いことだけが問題ではないでしょう。

では、なぜ日本はコロナ病床を他国のように一気に増やさないのでしょうか。

その答えは単純で「コロナ病床を急増させる必要がない」からです。「軽症のコロナ病床を一気に増やすと、コロナより死亡率が高い疾患のための病床が減るので、デメリットが大きい。さらに、重症のコロナ病床は全国的に不足していない」からです。こちらのNHK情報によると、1/20の時点で、コロナ重症者の病床で100%を越えているのは東京だけです。東京はすぐ近くに神奈川や埼玉や千葉があるので、そちらのコロナ重症者用の病床を使わせてもらえばいいだけです。また、東京は日本で医療資源が最も豊富でもあるため、実際はコロナ重症者用にできる病床がまだまだあるので(だから100%を越えられている)、その辺りは現場で適切に処理してもらえばいいでしょう。

それに第3波のコロナ感染者が第1波や第2波と比べると急増しているからといって、よく言われるように、欧米と比べると微々たるものです。コロナ重症者まで東京で毎日数百人単位で増えているわけではないので、コロナ病床を欧米のように一気に2倍も増やす必要はありませんし、増やすべきでもありません。

そもそもの議論です。「日本で医療崩壊が起きそうだ、あるいは、既に起きている」と多くの日本人は本気で信じているのでしょうか。私はコロナ軽症者用病床もコロナ重症者用病床も多くある大病院に今勤務しているのですが、医療がひっ迫している雰囲気は感じません。ICUが使いづらくなったので、手術が延期している影響(ICU病床は他から送られてきたコロナ重症患者さんに使われているため、手術後にICUに入室しなければならない人は手術ができなくなっている)、救急車の搬入を断っている影響があるくらいでしょうか。しかし、実際に手術延期となる症例を見ていると、「そもそもこんな手術をするべきなのか」と、どうしても疑問に感じてしまいます。術後にICUに入るくらいなので、もともと持病が複数あったり、ADL(日常生活動作)がかなり低下したりする高齢者になります。「そんな人にこんな大掛かりな手術して、わずかにADLを上げるほどの価値があるのだろか」と考えてしまう症例ばかりなのです。もちろん、手術を延期できるくらいなので、その手術をしなかったからといって、患者さんがすぐ死ぬわけでもありません。

医療崩壊しそうだ」とか「医療崩壊している」と言っている人やマスコミにまず聞きたいのですが、その「医療崩壊」の定義はなんでしょうか。それを定義してくれない限り、話が進みません。救急車の搬送先がなかなか決まらないことでしょうか。それで死者が全体として増えなくても、医療崩壊なのでしょうか。新型コロナの自宅待機患者が病院に搬送されず亡くなったケースがあるからでしょうか。市中肺炎でも自宅で急変して亡くなるケースはありますが、それとの比較もせずに医療崩壊なのでしょうか。医療者の負担が増しているという声があるからでしょうか。負担が増した医療者は何人いて、どれくらい仕事量が増えているかを明確にしていないのに、医療崩壊なのでしょうか。

福祉先進国・北欧は幻想である」にも書いた通り、日本は世界一医療が手厚い国です。同時に、過剰医療も世界一になってしまっています。現在の日本で、コロナ禍のせいで、これまでの手厚い医療ができなくなっているのは事実です。だからとって、日本で本当に必要な医療が、マスコミでいちいち取り上げるほど、減ってる事実はない、と確信します。毎年増加していた日本の死者数が2020年には減少に転じることが確実視されています。もちろん、最大の理由は「新型コロナ対策が市中肺炎対策にもなって、肺炎死者数が減少した」からです。ただし、それを考慮しても、他の疾患の死者数が激増しなかったのは事実です。

だから、「新型コロナ患者数が少なくて、医療資源も世界一の日本が医療崩壊しそうなのは〇〇だからだ」は根本的に論点がおかしくて、正しくは「新型コロナ患者数が少なくて、医療資源も世界一の日本は、当然、医療崩壊していない」になります。日本が医療崩壊していたら、他の国はもっと医療崩壊しています。なぜその発想が浮かばないのか、私には本当に不思議です。私は現在の日本の医療をこのように捉えています。

「もともと世界一手厚かった日本の医療は、コロナ禍のせいで、医療アクセスがやや減ってしまった。しかし、コロナ禍で死者数が減ったことからも、国民全体の健康が損なわれたわけでは全くない。むしろ、医療アクセスが減ったデメリットよりも、過剰医療が減ったメリットが勝るかもしれない。実際、2020年に死亡率は減ったし、医療費も減っている」