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日本の農業は日本のために世界で勝負すべきである

「2025年日本の農業ビジネス」(21世紀政策研究所著、講談社現代新書)は日本の農業問題を簡潔に指摘している本です。

「農業大国」といえば、広大な土地を持つ国で、大量生産している農業を思い浮かべる日本人は多いでしょう。本が指摘している通り、そのイメージの半分は正しいです。事実、国別の農産物産出高および農産物産出額は、2013年のデータで、1位~4位まで中国、アメリカ、インド、ブラジルという広大な土地を持つ国家が独占しています。農産物産出高および産出額で、日本がこれらの国家を上回ることは、未来永劫ないでしょう。

しかし、国民一人あたりの農産物産出額および農産物輸出額なら、世界の大国と競争できる潜在能力が日本にあると知っている日本人はどれくらいいるでしょうか。以下は、その根拠となる基礎統計です。

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農産物輸出額だと、日本の領土の9分の1しかないオランダが2位です。国民一人あたりの農産物産出額にいたっては、農産物産出高の上位4ヶ国の中で最上位のブラジルですら、11位になります。

世界の農業生産は3タイプに分類できます。

1、「開発途上国型農業」原料農産物を作り、自国民への食糧供給を最優先する

2、「新大陸先進国型農業」経済発展とともに原料穀物の過剰生産に陥り、それを輸出に振り向けることで解決策を見出す

3、「成熟先進国型農業」市場のニーズをとらえた商品開発を行い、食品加工業と連携することで農産物の付加価値を高め、市場開拓する

残念ながら、日本はこの3類型のいずれにも属しません。あえて挙げるなら、次になるでしょうか。

4、「低生産性保護型農業」生産性の低い農家を保護するため消費者に負担を強いている

日本の目指すべき農業が3の「成熟先進国型農業」であることは間違いありません。というより、1と2の道は進めません。では、3の「成熟先進国型農業」のオランダやベルギーは日本とどこが同じで、どこが違うのでしょうか。

まず日本との共通点です。意外なことに、オランダやベルギーでも、生産作物は小麦、牛乳、てんさい、ジャガイモ、大麦などの付加価値の低い原料農作物の生産が中心です。

次に日本との相違点は、日本が「生産者が作りやすい農産物」を作ってきたのに、成熟先進国型農業国は「消費者が求める農産物」を作ってきた点です。上記の本でも嘆かれていることですが、他の産業では当たり前に行われている市場需要の調査を、日本の農家はろくに行わないで、生産者の都合優先で農作物を生産しています。

デンマークのデーニッシュクラウン(豚肉業)とアーラフーズ(乳業)は日本の農協のように、組合員の作った原料に付加価値をつけて全てを売り切ろうとしています。日本と大きく異なるのは、世界中の市場を徹底的に調査している点です。「組合員の作った原料を全て売り切る」ためには、当然、市場の需要に合った原料を作ってもらわなければなりません。組合の市場調査内容はすぐに農家に反映されます。農家がどのような作物を作ればいいかが明瞭に示され、それに対応する飼養技術の研究・開発や農家への技術指導も行われます。つまり、農家は市場の需要に合った原料作物を生産する義務を半ば負わされています。

なお、EUの酪農の生産性自体は、実は日本とさほど変わりません。それでもアーラ―フーズが国際競争力を持っているのは、戦略的な市場開発や商品開発や多角化が成功しているからです。アーラ―フーズが酪農家から買い取る乳価は日本の半値以下です。それにもかかわらず、イギリスの酪農家まで参加しているのは、その巨大な販売網に加わりたいことと、最新技術や情報が得たいからです。

ところで、2の「新大陸先進国型農業」では、しばしば高い生産性の表裏一体となっている環境破壊が問題視されていますが、デンマークでは全く逆です。デンマークでは集約的畜産で環境汚染と動物福祉が悪化したため、1985年から家畜排泄物に関する施肥管理規制が敷かれています。1ヘクタールあたりの窒素施用量の上限が酪農・肉牛の場合は170㎏、養豚・有機畜産の場合は140㎏と設定されているので、農家は家畜の種類、頭数、畜舎のタイプなどから窒素、リン酸、カリの排出量を計算したうえで、家畜から排泄された糞尿を圃場に散布する場合、どのくらいの規模の圃場に散布するのか、窒素を吸収する作物はどういった作付けにするのかなどの詳細な書類を作成し、政府に届け出なければなりません。さらに、妊娠中の母豚を狭い豚舎に寝かせることを禁止し、豚舎内にシャワーシステムを設置するなどの動物福祉でもデンマークは日本以上の厳格な規制を敷いています。それでも、農産物の輸出額は、国内消費額の2倍であり、輸出の内訳で最大の20%を占めるのが豚肉なのです。おそらく、環境と動物福祉規制が農業生産性を高める理由は一つしかありません。そういった規制が厳しい国にも、輸出できる点です。言うまでもなく、環境や動物福祉規制が厳しい国は先進国のため、高い値段でも農作物を買ってくれるので、日本の農産物輸出対象国として理想的です。

余談になりますが、世の中の役に立っているかどうかも分からない「フェアトレード」商品を買っている日本人たちに、そんなことする金と労力があるなら、日本政府に環境や動物福祉重視の農業規制を要求した方が、よほど日本のため、世の中のためになると知らせたいです。