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命の選別は間違っているのか

ポストコロナは社会でなく医療体制を変えるべきである」で高齢者や基礎疾患のある方が新型コロナに罹患した場合、人工呼吸器で一時的に助かったとしても、遠くないうちに別の感染源から肺炎で亡くなる可能性が高いので、人工呼吸器の優先順位を下げるべきだと主張しました。そちらの意見をブログで公開した6月24日の朝日新聞で「障害者は問う、命の選別が起きはしないか」という記事がありました。

確かに、障害を理由として死の強要があったら大問題です。残念ながら、医療の歴史ではそのような過去があります。

戦前まで日本医療界が規範としてきたドイツではナチス時代のT4作戦により、医学の権威の学者たちが精神障害者知的障害者を「生きるに値しない」と判断して、25~46万人もの障害者たちの安楽死が本人の同意なく行われました。この元となった思想は、元ドイツ帝国最高裁判所長官ビンディングが確立した優性思想や社会進化論にあります。ビンディングは治癒不能知的障害者を社会が養っていることを浪費と判断し、彼らを殺害により救済してあげることは行政の義務とまで主張していました。

この人道にもとる大失敗があったため、ドイツでは戦後「安楽死Euthanasie」という言葉が禁句となり、代わりに「臨死介助Sterbehilfe」という言葉が使われ、その臨死介助が法律で禁止されるほど、「安楽死」を忌避しています(ただし、安楽死容認の流れはそのドイツでも止められず、2020年2月にその臨死介助禁止法が憲法違反との判決が出ています)。

2020年6月25日には、旧優生保護法のもと障害を理由に不妊手術を強制していたことについて、日本医学会連合が責任を認め、お詫びの発表をしました。日本でも障害を理由に医療者が命を選別していた前科があります。

しかし、だからといって、「心身の障害や病、高齢を理由に、救命治療から排除されることは絶対に許されない」と主張されたなら、それには反論したいです。残念ながら、命の選別をするべき時は、現実に存在するからです。

災害などで大量の傷病者が発生した時、全ての人を同時に救えない時には、救命の順序を決めざるを得ません。その優先順位は、医療体制と設備を考慮して、傷病者の重症度と緊急度によって決まります。つまり、処置を施すことで命を救える患者を優先します。命を救えるかどうかを判断するとき、「心身の障害や病や年齢」を無視することはできません。それが救急医療におけるトリアージ(選別)です。

現状、トリアージは同時に多数の傷病者が殺到した時のみ行われます。今回の新型コロナのように、人工呼吸器が必要な患者が連日運ばれてくる場合、「トリアージ」は行われません。しかし、人工呼吸器は人数分ありません。では、医療の現場では、こんな時にどうしているのでしょうか。実は、早い者勝ちになっています。「既得権益者」から人工呼吸器をはずすことはできないので、新しい患者は人工呼吸器の順番を待つことになります。そして、「既得権益者」は人工呼吸器をはずしてもまず死なない状況までは使用できるので(人工呼吸器を止めて死ぬことを現代医学では極端に避けるので)、なかなか人工呼吸器の順番が回ってきません。結果、今回の欧米での新型コロナ流行時のように、人工呼吸器が足りないなどの現代医学が想定していない状況になると、死者が続出することになります。

これが社会的に公平と言えるのでしょうか。早い者勝ちが最も好ましい「トリアージ」なのでしょうか。

そうではないはずです。だからこそ、災害時とは異なる「トリアージ」を私は提案しました。たとえば、「人工呼吸器を外しても死亡する確率が10%未満になったら、人工呼吸器をつけると99%助かる人に人工呼吸器をゆずる」あるいは「人工呼吸器をつけて今回助かっても1年未満で死ぬ確率が90%の人が病院に来た場合、人工呼吸器をつけると10年以上長生きできる人があと30分以内に99%来るのなら、人工呼吸器は次の人のためにとっておく」などのルールを予め決めておくべきだと思います。なお、このルールは命の選別という重大な判断の基準になるので、医療者だけで決めるべき問題でないことは間違いありません。

しかし、改めて考えてみると、「どの基礎疾患のある人はどうなれば人工呼吸器をはずしたら死亡率10%になるのか」といった詳細なエビデンスなど現代医学には存在しません。医学が上記のような細かい確率を導き出すためには、あと50年は必要だと推測します。おそらく、上記のようなエビデンスが出揃う未来には「医療の本質」に書いたように、医療判断はAI化されて、既に医者のいない世界になっているでしょう。

現代医学は未熟なので、上記の確率はおおよその予測になってしまいます。だとしたら、「この患者が死んでしまうかもしれないが、もっと重篤な患者のために、人工呼吸器をはずす」や「次の患者のために、今救える命を見捨てて、人工呼吸器をとっておく」などの判断を現場の医者、あるいは人間が即座にすることは許されないでしょう。「早い者勝ち」は現代医学ではやむを得ない側面があると考えます。

ただし、視点を変えれば、未熟な現代医学の世界でも「早い者勝ち」だけではない仕組みを作り上げることはできます。「他に人工呼吸器が必要な人がいたら、私には人工呼吸器を使用しないでください」とあらかじめ事前指示書を作成しておくことです。「死生観の社会的向上と個人の幸福」で提案した安楽死法の制定と、ACP(advance care planningどのような終末期を過ごすかを医療者や介護者たちと相談して決めておくこと)の普及です。

安楽死法をつくったり、ACPを普及させたりしたら、障害者を死に追いこませると考えるかもしれませんが、そうとは限りません。次の記事では、オランダでの安楽死の現状を紹介しながら、「安楽死法があるからといって、社会的弱者が死に追いこませるわけではない」ことを示します。