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米中首脳はホットラインと軍縮条約を結ぶべきである

「米中もし戦わば」(ピーターナヴァロ著、文藝春秋)は中国の軍事的脅威を理解するために有益な本でした。

アメリカが誇る空母軍を無力化する新兵器を中国が開発している、対衛星兵器により制空権ならぬ制宇宙権を中国が事実上持っている、5000㎞にも及ぶ地下万里の長城で運ばれる核兵器を破壊する方法が存在しない、などの衝撃的な情報が載っています。この本だけなら、中国とアメリカが戦争すれば、中国が勝つ、という結論になってしまいます。そうなると、アメリカの軍事力に頼る台湾や韓国や日本に、中国と軍事対決できる能力はなく、少なくともアジア圏は中国の横暴がまかり通ってしまいそうです。

そこまでは納得できるのですが、その対策が次の二択なので、ズッコケそうになりました。

 

1、中国の脅威を煽り立てるのは、軍事産業とつるんだ右派の陰謀なので、軍備増強させることはない

2、十分に軍備増強させ、中国の軍事力を抑止すべきである

(本文そのままの表現ではありません)

 

アマゾンの書評をざっと読む限り、上のような二択の異常さにほとんどの人が気づいていないようです。もし本当に上の二択のような対策しか浮かばなかったら、その人は約50年間も続いた冷戦の歴史からなにも学んでいない、と断定されていいでしょう。

冷戦が第三次世界大戦にならず終わった理由はなんでしょうか。

一つは、お互いが相手を何度も滅ぼせるほどの攻撃力、具体的には核兵器を持っていたからです。こちらが核攻撃したら、相手からも即座に核で反撃されます。相手は滅ぶかもしれないが、こちらも滅んでしまいます。結果、核戦争は世界の終わりを招来するだけになるでしょう。だから、こちらからも、あちらからも核攻撃できない、と冷戦の両当事者が了解していました。

しかし、上記はあくまで仮説です。人類はまだ核戦争を経験していないので、本当の核戦争がどうなるかは誰も確かなことは言えません。もしかしたら、相手から反撃される前に、こちらの核攻撃で相手の核兵器が全て破壊されて、こちらが一方的な勝利を得るかもしれません。しかし、もちろん、相手も同じことを考えています。だったら、こちらが一秒でも早く核攻撃を開始すべきです。そう考えて、一方が核発射ボタンを押す可能性は常にありました(あります)。

ここが核抑止論の弱い点です。そもそも、「お互いに相手を殲滅できる武器を持っていたら、お互いに攻撃しない」という理論が人類の歴史で通用してきたでしょうか。アメリカではヒトを殺傷できる銃という武器が社会に広く普及していますが、それで殺人事件が減ったわけではなく、むしろ先進国で殺人事件が一番多くなっています。上の理論は、国家間の歴史で冷戦以外では通用しませんでしたし、個人間では現在でも全く通用していません。

だとするなら、冷戦だけ上の理論が通用したのは、核抑止論だけではないはずです。より重要な点は、「お互いに話し合いの場を設けていた」ことのはずです。具体的には、安全保障理事会を含む国連と、キューバ危機後のホワイトハウスクレムリン間のホットラインです。国連という場がなければ、キューバ危機が第三次世界大戦になっていた可能性は遥かに高かったでしょう。また、米ソ首脳のホットラインがなければ、第三次世界大戦開始寸前事件はキューバ危機以外にも発生していたに違いありません。ホットラインが直接発生を防いだ証拠はないようですが、ホットラインがあるため、お互いが疑心暗鬼にならなかった効果は無視できません。

だから、中国の軍事力の脅威がある今、なにをすべきかと言えば、中国の中南海アメリカのホワイトハウスを結ぶホットラインを作ることでしょう。

また、同じくらいに重要なことは、米中が核兵器を含めた軍縮条約を結ぶことです。「米中もし戦わば」の提案通りに、中国に合わせてアメリカが軍備増強しても、中国がそれを上回る軍備増強をするだけです。米ソがそうであったように、軍拡競争には際限がありません。キューバ危機後、世界の終焉を間近に感じた米ソ首脳は、部分的核実験禁止条約、NPT、INF、STARTと核軍縮を進めました。人類を何十回も絶滅できる兵器を既に持っているのに、それでもまだ足りないと軍拡競争するなんて、誰が考えてもバカげています。どこかで歯止めをかけて、軍縮に向かうべきです。

上記のように、中国は対人工衛星兵器を既に持っているようです。一方、冷戦時代には、米ソ間で衛星攻撃は控える、と暗黙の了解があり、どちらも対人工衛星兵器は持っていませんでした。なぜなら、もし衛星が攻撃されたら、通信ができず、状況が把握できなくなるので、疑心暗鬼になって、米ソが核の先制攻撃をしてしまうからです。本の著者は「だから、アメリカは中国を上回る対衛星兵器を持つべきだ」と主張したいようですが、そんな発想になること自体、私には謎です。わざわざ書いた米ソの前例の通り、「だから、アメリカと中国はお互いに衛星攻撃をしない約束を結ぶべきだ」になるでしょう。

こんな主張をすれば「話し合いで解決するのなら、どの国も軍隊なんて持たない。中国に軍縮は何度も提案しているが、中国が乗ってこないんだ」「中国はなんでも秘密にする。ホットラインなんて作れるわけがない」といった反論が返ってきます。

だからこそ、その理想に向けて、国際世論を作るべきです。「米中は軍縮条約を結ぶべきだ」「米中首脳のホットラインを作るべきだ」と日本人を含めた全人類が声を上げるべきです。このブログを読むくらいの人なら分かるでしょうが、今の中国は冷戦期のソ連ほど、アメリカを敵視していませんし、アメリカと交渉することを嫌がりません。一般的な中国人はアメリカへの強い憧憬を持っているので、数はもちろん率でも、日本人より多くの中国人がアメリカに留学しています。中国都市部のネット社会は日本よりも進んでいるため、共産党が必死になって情報統制しているものの、限界があります。間違いなく、昔のソ連よりも現在の中国が開かれた社会ですし、世論に政治を左右されます。ソ連でさえアメリカと戦争せずに済んだのですから、国際世論の力で、今の中国をアメリカと戦争せずに済ませるのは、十分可能なはずです。

しかし、現実として、米中の軍縮を促進すべき、との声は今現在、ほとんど聞かれません。日本人に限らず、世界中の人が中国の急成長についていけず、中国をみくびっているためかもしれません。その間違いを知るために、「米中もし戦わば」を読むべきです。本来、この本はそのように活用されるべきでしょう。

当たり前のことを書きますが、アメリカ人も、中国人も、もちろん日本人も、戦争はしたくありません。それなのに、なぜ殺人兵器を作り続けるのでしょうか。冷戦が熱戦にならずに終わった今、その発想に根本的な間違いがある、と全ての人類が知るべきです。