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聖霊とはなにか

カトリックプロテスタントを含む西方教会東方教会など世界中ほぼ全てのキリスト教は三位一体を信じるアタナシウス派の流れを汲んでいます。三位一体とは、神と聖霊とイエスを同一視することです。三位一体ではイエス人間性でなく、神性に注目しています。

キリスト教という宗教で、イエスと神の同一視は当然とも言えるでしょう。仏教でも、ブッダを神のように崇めています。しかし、聖霊とはなんでしょうか。神とイエスだけでなく、なぜ聖霊まで入っているのでしょうか。

なぜキリスト教は世界最大の宗教になったのか」の疑問同様、これも私が長年キリスト教に持っている疑問でした。当初、私は「聖霊とは天使のことだ」と考えていました。例えば、ガブリエルは聖霊の一つだと勘違いしていたのです。

しかし、末日聖徒イエス・キリスト教会の青年から、「イエスをマリアに身ごもらせたのは聖霊で、マリアに処女妊娠を伝えたのが天使ガブリエルだ。聖霊は天使とは違う。天使は複数いるが、聖霊は一つだけだ」と言われました。そこで私が「では、聖霊とはなにか? 天使とどう違うのか?」と質問すると、彼は答えに詰まってしまいました。彼は私と次に会った時に、その質問を覚えてくれていて、「聖霊とは天使よりも崇高な存在であり、私たちと共にある」などと答えてくれました。「それは神とどこが違うのか?」との私の質問には、「神は世界を創造した存在で、聖霊とイエスと一体だ」と答えてくれましたが、「では、聖霊がいなかったら、世界は創造できなかったのか?」と質問されると、また彼は困惑した表情になりました。彼は誠実そうなユタ州出身の青年だったので、意地悪な質問をしたことを私がお詫びしたら、「キミは悪いことをしたわけではない。私も聖霊について知りたい」と彼は言ってくれました。

カナダに住んでいた時、教会の牧師にも聖霊について質問してみましたが、「聖霊がいるから信仰心が生まれる」などと、よく分からない理屈を長々と説明されました。しかし、神に加えて聖霊という存在がキリスト教に必要な理由は分からず仕舞いでした。

その後、いくつかの本を読んで分かってきたのは、旧約聖書聖霊が既に出てきて、天使も出てくる、ということです。そして、旧約聖書にも新約聖書にも、聖霊と天使の能力や存在理由は書かれていないので、解釈の仕方は宗派によって違います。なお、ユダヤ教では神>聖霊>天使>人間と、崇高さの序列が明確にありますが、キリスト教では神≒イエス聖霊>天使>人間と、序列が微妙に変わっています。

一神教であるはずのユダヤ、キリスト、そしてイスラム教に、超人間的能力を持つ聖霊や天使が必要だったのは、絶対不可侵の神だけだと、物語上不都合があったからだと今の私は推測しています。超人間的能力を使うたびに神が現れたら、神のありがたみが薄くなってしまいます。本当に価値の高い奇跡を使う時だけ神を登場させ、ほどほどの価値の奇跡を使う時には聖霊、さらに低い価値の奇跡を使う時には天使を登場させたのでしょう。人間の上にいきなり神がくるよりも、神>聖霊>天使>人間と、人間と神の間に複数の存在があれば、神の崇高さも増します。

キリスト教で、イエスと神だけでなく聖霊まで一緒になって三位一体となった理由は、本来は人間であるイエス聖霊より格上にすることに抵抗があったからだと推測します。神>聖霊>天使>人間イエスではイエスを崇拝するキリスト教にとって不都合すぎます。しかし、神=イエス聖霊>天使>人間となると、イエスが人間という事実(新約聖書福音書)とあまりに矛盾します。そこで神だけでなく聖霊も仲間に加えて、神=イエス聖霊>天使>人間くらいの序列にすれば、キリスト教の思考体系としてふさわしい、と見なしたのではないでしょうか。