未来社会の道しるべ

新しい社会を切り開く視点の提供

一人の取りこぼしもない社会

高度経済成長期の日本にはコミュニティが溢れていました。地域ごとのコミュニティ、学校ごとのコミュニティ、会社ごとのコミュニティ、趣味のコミュニティ、親同士のコミュニティがほぼ必ず存在して、自動的に助け合いが行われていました。自治会、PTAなどの法律に根拠のあるコミュニティもあれば、単なる近所づきあいのコミュニティもありました。大抵、一人で複数のコミュニティに属しており、赤ちゃんから高齢者まで、コミュニティに属していない人間など一人もいませんでした。例として、会社ごとのコミュニティを考えても、今と比較にならないほど結びつきが強く、社内旅行や社内運動会などが自主的に開かれて、参加者の多くは義務感でなく、本当に楽しんでいました。

上のような時代を古き良き社会と考える人は、今の日本でどれくらいの割合でいるのでしょうか。超高齢社会の日本では多数派なのかもしれません。その人たちには申し訳ありませんが、上のような「困っている人がいればみんなで助け合っていた」、「悪いことをしていれば、他人の子どもでもちゃんと叱ってあげた」という社会は、これからの日本で実現することも、理想になることもまずありません。私的な問題が私的なコミュニティで解決される社会に日本が戻ることはありえませんし、戻るべきとも私は考えません。

かといって、今後日本がアメリカのように、自己責任の社会になるべきだとも思いません。アメリカ以外の西洋の国々のように、日本は福祉国家を目指すべきだと私は考えます。これから提案するのは、西洋のどの福祉国家よりもさらに福祉を重視した「一人の取りこぼしもない社会」です。

それは、不登校者や失業者や犯罪者などの社会的弱者を金銭的援助ではなく、人的援助によって救済する社会です。この人的援助はボランティアでなく、仕事です。その仕事の報酬は政府から支給されます。社会的弱者の社会復帰を助けた場合に、金銭的利益を元社的弱者に求めるのは現実的でも理想的でもないので、人的援助者の給与は税金によって賄われます。

もちろん、上記のような社会的弱者の救済制度は現在の日本にもあります。ただし、そのほとんどは人的援助が不十分すぎて、「一人の取りこぼしもない」社会とはとても言えないのが現状です。それが最もよく表れていると私が思うのは、日本の生活保護の捕捉率(生活保護受給資格者のうち、本当に受給している者の率)の低さです。この捕捉率は2010年の厚労省の調査で15~30%しかないと推定されており、他の研究でも2割程度になっています(https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20170630-OYTET50005/2/)。日本の生活保護捕捉率は先進国で最も低く、なぜ低いかと言うと、「親戚が面倒見るべきだから」、「車持っているほど金持ちだから」、「貯金があるから」などの理由をつけて、生活保護担当職員が支給を拒否しているからです。「親戚とは絶交している。アイツらに頼むくらいなら死んだ方がマシだ」、「今の住所だと車は生活必需品なんだ」、「貯金もあるが借金はそれ以上にある」などの事情を細かく聞いてくれたりはしません。そんな個人的な事情につきあっているほどの人手がないためです。だから、そのための人手を税金で十分に確保し、個人の細かい事情に対応します。必要な生活保護費は与えて、不要な生活保護費は支給しません。また、生活保護費を与えても与えなくても、人的援助は適切な時期まで続けます。

もちろん、こんな制度には欠点もあります。登校拒否したり、失業したりしたら、完全に一人になりたい時でも、自暴自棄になりたい時でも、自殺をしたい時でも、人的援助の公的干渉が自動的に入ってきます。被援助者がいくら自己責任で済ますと主張しても、自己責任で済ましたい合理的な事情を説明する義務は生じます。

古い世代の人は(あるいは現世代の人は)、これを統制社会と捉えて、激しく非難したりするでしょう。しかし、「完全に一人になりたい」、「自暴自棄になりたい」、「自殺をしたい」時は、普通に考えて、その人になんらかの問題があります。そのための公的な人的援助を拒否するなら、もっと問題があります。放っておいたら、本人が取り返しのつかない問題を引き起こすかもしれません。だから、被援助者が余計なお世話だと感じたとしても、被援助者がそれを拒否する事情を説明できなかったり、説明しても合理的な事情でなかったりしたら、被援助者に公的な人的援助を与えた方が社会的な利益につながる、と私は考えます。また、そうなるよう調整することは可能で、調整すべきです。

この記事で提案した制度の導入で、自己責任は軽減され、個別の事情は考慮され、大多数の社会的弱者は救済されるでしょう。一方、完全に自己責任で済ます自由は制限されることにもなります。

漠然とした話になっているので、次の記事に既に存在する介護保険の具体例をあげて示します。