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3時間待ちの3分診療は問題なのか

日本の医療不満では、待ち時間の長さが上位に来ることがあります。その一方で診察時間は極めて短いです。いわゆる「3時間待ちの3分診療」と呼ばれる問題です。他の先進国の医療事情をある程度知っている私からすると、これは贅沢な不満だと思います。

診察待ち時間を減らす最も簡単な方法は、当日飛び込みを不可にして、全て予約制にすることです。実際、緊急性の低い診療科(眼科や歯科など)では、一般に全て予約制です。しかし、通常の内科クリニックや病院では、当日の飛び込みでも受けつけて、電話での問い合わせすら必要ありません。緊急度が高いと判断されると、予約している患者さんよりも先に飛び込み患者さんが診察してもらえるのが普通です(そうするように現在の医学部では教育されています)。救急外来でもないのに、診察時間内なら電話なしの飛び込みでも受けつけてくれる内科クリニックが日本のように全国至るところにある欧米先進国は、私の知る限り、ありません。つまり、日本は待ち時間が長くてもその日のうちに診てくれる、医療アクセスの極めて恵まれた国なのです。他の国なら、体調不良があると思っても、救急外来でなければ、その日のうちにかかれるとは限りません。もちろん、大抵はそれで問題ないのですが、一部には手遅れになってしまう病気も必ずあるでしょう。日本はその一部を救えているわけです。

ところで、医者の誤診率はどれくらいか知っているでしょうか。東大の沖中重雄教授の1963年の退官演説で「私の誤診率は14.2%だった」と言って、世の中に衝撃を与えたことがあります。一般の人は「そんなに多いのか!」と驚きました。一方、それを聞いていた医者たちは「さすが教授、たった14.2%か」と感心したと言われています。それから50年以上たったので、誤診率はもっと下がっているのか、と私は思っていましたが、最近のアメリカでの大規模研究で医者の誤診率が10~20%という論文を見かけました。

そんな高確率で誤診しているのに、なぜ医療事故がもっと大きな問題になっていないかと言えば、「8割は病院にかからなくても治る、1割は病院にかかったから治る、1割は病院にかかっても治らない」(「医者は病気をどう推理するか」NHK総合診療医ドクターG制作班編、幻冬舎)からです。上記の誤診率と違って、この数値は統計的に求めていませんが、医者の中では昔から言われている格言です。つまり、病院にかかって誤診が起こっても、9割は実質的に問題ないのです。たとえば、誤診率20%の医者がいたとしても、本当に問題になるのは「病院にかかったから治る1割の病気」だけなので、わずか2%です。

さらに、日本では、その2%でさえ救えるシステムになっています。それが日本の極めて高い受診回数です。下のグラフは、1年間に国民1人が医者にかかる平均回数を国別に比較したものです。

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これも医者の間で昔から言われる有名な格言ですが、「後医は名医」という言葉があります。最初の医者が診察した時には症状があまり現れていないので見逃してしまいがちですが、後の医者が診察した時には症状がもっと明確に出ていて、前の医者の情報も活用できるので、より正確な判断ができる、という意味です。

上の診察頻度グラフを見ると、日本人は1月1回も医者にかかれるほど医療アクセスに恵まれています。スウェーデン人のように4か月に1回しか医者にかかれないのなら、「後医」に巡り合える確率も低いでしょうが、日本ならその4倍「後医」にかかれるわけで、その分、見逃しも少なくなります。

私は医療従事者ですが、現場を見ていて、重症の患者さんまで3分診療で終わらせることはほぼありません。見逃しがないように、必要な問診はします。ただし、薬をもらうだけの患者さんだったりしたら、3分もかけないのも事実です。だからといって、今の日本の診療時間を3倍に伸ばしたところで、見逃しが3分の1に減ることは絶対にないでしょう。それよりも、診察回数を増やして、患者さんが何度もかかりやすいシステムを作る方がよほど効果的だと確信します。

日本の医療制度に改革すべきところはありますが、「3分診療」(短時間での診療)まで失くすべきではない、と私は思っています。もし「3分診療」を止めたら、こんなに頻繁に病院やクリニックにかかることはできなくなり、恐らく当日の飛び込み診療も救急外来以外はなくなるはずです。短時間診療には、そのデメリットを上回るメリットがあると私は考えています。それを医療者側も広報すべきだと思ったので、この記事に書きました。

もし「3時間待ちの3分診療」を失くしたら、「3時間待っても当日に診てもらえた昔がよかった」という不満が必ず出てくる、と私は確信します。

 

※注意 日本より欧米で診察時間が長い一番の要因は、患者教育を重視しているからです。「患者さんに病状とその予防法について十分に時間をかけて説明していた」と、欧米の医療を見てきた日本の医師が異口同音に言います。「予防は治療に勝る」の記事で、医療機関外での日本の患者教育は遅れていると指摘しましたが、医療機関内でも日本の患者教育が遅れているのは事実のようです。特に、外来患者さんはともかく、入院した患者さんまで患者教育がろくに行われていない日本の医療は、患者さんの自己責任意識を低め、頻回受診を生み、医療費の無駄につながるので、明らかに問題だと思います。