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日本の外交

日本人が開明思想を持っていれば幕末・維新の悲劇は少なかったはずである

「幕末の動乱は不可避だったのか」で書いた結論とほぼ同じですが、別の視点から考えます。日本人の多くが開明思想を持っていれば、アメリカと不平等条約を結ぶことはなかったでしょう。また、かりに結んだとしても、維新期の最初に、つまり岩倉使節団派遣の…

岩倉外交が不平等条約を改正できなかった理由

岩倉使節団が不平等条約改正を達成できなかったのは、その目的意識が薄かったことにあります。留守政府も岩倉使節団も不平等条約を改正する意志が強くなかったのです。より正確にいえば、強かった者もいたようですが、改正など不可能と諦めている連中に負け…

アメリカは不平等条約の締結を目的としていなかった

上記タイトルは、幕末外交について私が最も主張したいことで、事実であれば、幕末・明治の歴史家や外交研究者はもっと注目すべきであり、場合によっては、教科書に記載してもいいと思います。 「日本開国史(石川孝著、吉川弘文館)」によると、ペリーが日本…

なぜ岩倉使節団は不平等条約を改正できなかったのか

日米修好通商条約が不平等条約であることは、遅くとも大政奉還が行われた1867年には日本でも周知の事実でした。この頃には、国際貿易や国際法に無知により、日本がアメリカにまんまと騙されたことに気づいていたのです。 不平等条約を結んだ政権を倒して、新…

ハリスを好きになったバカな日本人

有名な不平等条約の日米修好通商条約はハリスによって結ばれました。(余談になりますが、正確にいえば、この時に不平等な領事裁判権が認められたのではなく、それ以前にハリスと下田奉行の間で領事裁判権は認められています。その前に、オランダ使節と長崎…

日米和親条約にある不平等条項

これも日本開国史(石井孝著 吉川弘文館)によって始めて知ったことですが、日米修好通商条約だけでなく、日米和親条約も不平等条約でした。日米和親条約に治外法権が一部認められうることもそうなのですが、今回注目したいのは片務的最恵国待遇条項が入って…

問題先送り外交

「木を見て森を見ず」という言葉があります。些末なことにこだわって、大局的な視野を失くしている状態を指す言葉です。外交に限らず、日本人がしばしば陥る失敗です。一方で、「木を見るべきときに森を見ている」失敗も、日本人はよくするように感じます。…

幕末の動乱は不可避だったのか

当時のアメリカ側の文献を読めば読むほど、ペリーは日本と本気で戦争する意思はほとんどなく、アメリカ本国政府に至っては日本と戦争する意思など皆無と言っていいことがよく分かります。ペリーはあくまで威嚇によって日本に譲歩を迫ったのであり、それにま…

幕末の稚拙な外交政策から日本は教訓を得ているのか

私が中学生だった頃、日本史を勉強していて、最も謎だったのは日米修好通商条約です。これは日本が自由貿易を始める画期的な条約であると同時に、アメリカ人の治外法権を許し、日本に関税自主権がなく、アメリカへの片務的最恵国待遇を認めた不平等条約です…

a boy of twelveの国から脱却できたのか

「20世紀の日本に最も影響を与えた政治家は誰か?」 この質問の答えは簡単でしょう。マッカーサーです。日本史の教科書で、マッカーサーの名前が消えるには、100年や200年では足りないでしょう。1000年後でさえ、どんなに薄い日本史の本でも、通史であれば、…